メールマガジン

コラム

執筆者:関西学院大学ビジネススクール教授 石原 俊彦

2017.05.26

実践力を身に付けた自治体職員が増加

 地方創生をはじめとする数多くの課題を、実践力を有する自治体職員が解決している。もう以前のように、知識は豊富でよく勉強もするが、物事を実現するための調整力や行動力が不足している。あるいは、実務家なのに評論家に終始してしまう。こうした批判が陳腐化するケースも、近年は非常に多くなってきた。圧倒的な実践力を有する自治体職員がどんどん増殖しているのである。この大きな変化のきっかけは、自治体職員間のネットワーク形成と会計や監査など多面的な分析力の向上にある。

 2000年代に入って、廉価・無料のメーリングリストの普及で、自治体職員同士のバーチャルなネットワーク形成が可能になった、上山信一教授(慶応大学)が中心となってスタートさせた行政経営フォーラム、関西学院大学が中心となったフォーラムKGPM、山形市職員の後藤好邦さんたちが主催する東北オフサイトミーティング、美濃加茂市役所の山口登督さんたちが参加する東海NPM研究会などがその代表例である。これらは日本全国の自治体職員をつなぐだけでなく、自治体職員が民間企業やNPO等ソーシャル・ビジネスの関係者とネットワークを形成することをも可能にした。

 その結果、自治体関係者の間で共有されたのが「Best Practice」や「Good Practice」という発想である。一つの自治体の殻の内に留まっていてはなかなか収集できない先進事例の内容が、その実践者ともどもネットワークのなかに組み込まれたことで、それに刺激を受けて実践者へと変身を遂げる自治体職員が一挙に増大したのである。先進事例の共有という視点では、2006年度から毎年開催されている全国都市改善改革実践事例発表会(2016年度の第11回全国大会は広島県福山市で開催され、2017年度の第12回全国大会は山形県酒田市で開催予定)に注目できる。この発表会には、全国各地から500名以上の自治体関係者が参加し(その多くは有給休暇で私費参加である)、自治体間ネットワークの実質的なデファクト・スタンダードとして、全国自治体の業務改善運動をリードしている。

 また、ここ数年のFacebook などのSNSの目覚ましい普及で、自治体職員のネットワーク形成は、インフォーマルに無限に拡大しつつある。実践したくてもその実践の方法を把握できなかった自治体職員が、SNSを通じて直接に面識のない自治体職員からのアドバイスを受けて実践に着手し、成功する。こうした事例が、これからの自治体改革を先導することは想像に難くない。自治体の首長・幹部職員・人材育成部門の関係者も、こうしたベクトルを認識して、自治体職員の実践力を高めるサポートを行うことが求められる。

一例をあげれば、JIAM等の集合研修への参加目的には、学習事項の理解到達度だけではなく、集合研修に参加したメンバーとの積極的なネットワーク形成(KPIは名刺の数?)を加えるべきであろう。研修に参加して勉強して知識を増やして終わり。研修や食事の後は、自室で自分の時間を過ごす・・・。こうしたタイプの人材育成では、なかなか実践力を有する人材の育成はかなわない。しかし、優秀と評価される研修生のなかには、こうしたタイプの研修生が多いのも事実ではなかろうか。実践力と頭脳が優秀という二点には、微妙な相違がある。このことを認識して研修を受講すること(あるいは、受講してもらうこと)が重要なのである。私など、JIAMの朝からの研修で「昨晩飲みすぎました」という研修生をいじくる(失礼)ことほど、やりがいのある研修はない(この人に必要なのは、あとは知識の修得だけなので)。 

 自治体職員の実践力の向上でもう一つ重要なのが、新地方公会計、内部統制、リスク・アプローチ監査などの、新しい会計や監査手法の導入である。たとえば、新地方公会計はフローだけではなくストックの情報に注目する意義を自治体関係者に普及した。間もなく自治法改正を控える内部統制概念の自治体への導入は、リスクを対象にしたマネジメント・システムの構築こそが、自治体経営の最も重要な一般原則であることを強調している(NPMとはすなわち内部統制の構築である)。監査にリスク・アプローチを導入することで、これまでの監査委員監査の実務はほとんど過去のものとなる。

 自治体職員の実践力の向上で重要なことは、こうした多面的な分析の視角を有することである。従来からの固定的な価値観や方法に固執していては、変革のための実践の契機は生まれない。複数の分析視角を有することで、問題意識が芽生え、課題解決のための実践の必要性が萌芽する。JIAMをはじめとする全国の研修機関のカリキュラムのなかには、非常に斬新なテーマを抽出して、体系的な研修カリキュラムを提供している事例が少なくない。こうした斬新な研修カリキュラムに注目して、自治体職員の実践力の向上を推し進めることが重要である。これまでJIAMでは、自治体の内部統制に関する研修をいち早く設置されているし、今年度は、会計検査院とのコラボで監査・財政・会計関係者向けの、新規講座が開講されている。いずれも実践力向上という視点で注目すべき講座である。

 蛇足ではあるが、筆者がアジア太平洋地区選出で本部理事を務める英国勅許公共財務会計協会(CIPFA)は、英国において地方自治体の財政・会計・監査・内部統制等の基準を設定し、自治体財務のプロフェッショナルである勅許公共財務会計士(CPFA)を育成する団体である。CIPFAは設立後すでに130年の歴史を有している。世界各国のパブリックセクターには14千人のCPFAが勤務し、英国の自治体には、このうち約4千名が自治体職員(公務員)として勤務している。英国自治体では財務管理をキャリアパスに選んだ将来の財政局長(CFO)候補に、公費でCIPFAのCPFA資格を取得させている。英国自治体で公会計や公監査が大きく発展しているのは、この事情によるものである。

 ところで、CIPFAの日本支部では、日本版CPFAとして地方監査会計技能士の資格を2014年に設け、現在全国に500名を超える地方監査会計技能士がいる。うち約300名は実際に日本国内の地方自治体で勤務する職員・議員・首長である。自治体関係者の実践力向上には、ネットワーク形成と多面的な知識の習得が不可欠である。地方監査会計技能士の資格もまた、この両方の視点で実践力向上を企図する一つの取り組みである。
http://www.cipfa.jp/lgaatnintei.html