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コラム

大分大学経済学部 講師 碇 邦生 氏

2018.10.22

働き方改革の真の目的は、自治体の抱える社会課題を解決することにある

1.なぜ働き方改革を推進しなくてはならないか

 働き方改革は、いまや日本社会全体で取り組むべき最重要課題です。数年前から民間企業を中心として、労働時間の削減や女性活躍の推進など、従来の働き方を見直そうという動きが本格化してきました。そのような取り組みを後押しするように、今年の6月には働き方改革関連法案が成立し、企業規模や業種を問わずに働き方改革は推進されています。このような民間企業での取り組みにあわせ、地方自治体でも働き方改革への取り組みは急務となっています。

 それでは、なぜ官民ともに働き方改革を推進していかなくてはならないのでしょうか。政府方針で語られるように「生産年齢人口の減少」「低い労働生産性」「格差の拡大」といった要因もあるでしょう。しかし、人材マネジメントの観点からとらえると、働き方改革推進は異なった目的を持ちます。

2.働き方改革の戦略的アプローチ

 人材マネジメントの観点に立つと、組織体制や人事制度・施策は事業戦略の目標を達成するために最適化されなくてはなりません。民間企業や地方自治体などの組織は数多くの課題を抱えていますが、組織が保有する人材や時間、資金などのリソースは有限であるため、すべての事象を考慮することは不可能です。そのため、事業戦略を軸としてリソースの選択と集中をしていく必要があります。このような考え方を、人材マネジメントの戦略的アプローチと呼びます。

 戦略的アプローチでは、従業員や職員といった個人の働き方は事業戦略の目標を達成するために最適化されます。例えば、 "Japan as Number 1" と社会学者のエズラ・ヴォーゲルが評した頃の日本の製造業では、低価格高品質を事業戦略の強みとしていました。そのような組織では、新卒採用重視と男性社会によって組織の一体感を高め、マンパワーの質と量を高水準で維持することが最適な働き方でした。

 しかし、バブル崩壊以後はイノベーションが重要な事業戦略の目標へと変化します。早稲田大学の入山准教授が述べるように、イノベーションには2つの類型があると考えられています。1つは、企業が一定分野の知を継続して深化させていく「資源開発的イノベーション(Exploitative Innovation)」です。もう1つは、「知と知の新たな組み合わせ」によって起こると考えられている「探索的イノベーション(Exploratory Innovation)」です。

 前者は、トヨタ自動車のカイゼンに代表されるように従来の日本企業の働き方でも対応できました。しかし、近年は後者のイノベーションの重要性が高まっています。後者のイノベーションを志向するためには、シリコンバレーのように多様な才能や専門性、経験、知識を有した人材を取り入れ、そのような人材が働きやすい柔軟な職場環境を構築する必要があります。

 つまり、戦略的アプローチから考えると、働き方改革の目的とは「探索的イノベーション」を起こす人材が活躍できる組織を作ることを指します。もちろん、従来の日本企業が得意とした「資源開発的イノベーション」を捨てるわけではなく、双方のイノベーションを両立させる「両利きの経営」が求められています。

 女性管理職比率の上昇や労働時間短縮などの働き方改革の成果指標は、新しい職場環境を構築する上でのベンチマークとはなりますが、それ自体が働き方改革の目的とはなりません。あくまで、新しい働き方によって2つのイノベーションを起こすことが目的となるのです。コンサルタント会社のアクセンチュアが取り組んでいる「Project PRIDE」は、戦略的アプローチで働き方改革を推進している好事例の1つです。アクセンチュアは "Pride(誇り)"を持つことが、イノベーションの源泉になると考えています。そのため、従業員が共通の "Pride" を持つことができるように、従来の働き方の抜本的な見直しが図られています。

3.地方自治体への戦略的アプローチの応用

 これまで、民間企業の視点から戦略的アプローチによる働き方改革を論じてきました。しかし、民間企業のような事業戦略が存在しない地方自治体で、まったく同じように考えることは難しいでしょう。ですが、民間企業での考え方を参考にして、働き方改革の再定義をすることは可能です。

 たとえば、現在、多くの地方自治体は変革を迫られています。現状の働き方や人事制度の枠組みでは、財政問題や人口流出などの社会課題を解決しようにも限界があります。それは、従来とは質の異なる成果を求められているのに対して、組織体制が課題解決のために最適化されていないためです。そのため、社会課題を解決することができる職員を獲得し、活躍することができる職場環境を構築するために、働き方改革を行う必要があるでしょう。

 明治大学の野田稔教授は、働き方改革とは成果の出し方改革だと言います。組織に求められる成果の質が変化したのだから、それに合わせて個人の働き方を変えていかなくてはなりません。働き方改革の必要性は、数十年前から必要だと言われ続けてきました。しかし、働き方改革の取り組みが本格化してきたのはここ数年です。この変化を一過性のものではなく、新たな日本の働き方として定着させるために、官民の隔てなく働き方改革を推進しなくてはならない段階に来ています。