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コラム
鳥取大学地域学部特命教授 野田邦弘
2018.09.20
地域にイノベーションを生みだすアートの役割
いま文化政策の役割が大きく変わろうとしている。かつては、人の心の豊かさを育むといった個人レベルでの政策効果が期待されていたが、現在の文化政策は個人レベルを超えて、地域や社会の発展にとっても有効であることが次第に明らかになってきたからだ。
このことは世界共通の現象である。文化政策の変容の背景には産業構造の変化がある。近代社会は、18世紀に始まる産業革命と工業都市の成立により誕生した。しかし、20世紀後半以降の脱工業化により、これら工業都市の多くでは基幹産業の製造業が空洞化し都市が衰退していった。
このような背景の中から登場してきたのが文化や芸術を活かした創造都市という都市再生の取組である。イギリスのコンサルタント C.ランドリーは世界の創造都市の事例を研究しその概念化を進めた。アメリカの都市経済学者 R.フロリダは、芸術家や科学者、デザイナーといった創造的職業従事者を創造階級(creative class)と呼び、かれらに選ばれる都市が発展すると述べた。
これまで産業をリードしてきた大量生産方式は高付加価値型の知識経済に交代しはじめた。例えば時価総額トップ10企業は2007年では、石油関連3社、製造業2社、電信電話1社、金融3社、IT1社であったが、2017年にはIT7社、金融3社と変化しており、IT化を中心にした産業構造の変化が顕著である(製造業は1社もない)。今後IoTやAIが各方面に導入され社会が大きくそのあり方を変えることが予測されている。そのようななかで最も重要な経営資源は創造性となる。IT技術をどのように社会実装していくかを考え出すには前例にとらわれない創造性が求められるからだ。政府も学校教育の目標として、これまでの知識や技能の習得にとどまらず、思考力・判断力・表現力を培い「自ら課題を見出し 周囲と協力して解決する力」を養成することとし、従来の知識偏重型の教育から自ら考える創造力を重視した教育への転換を目指している。
過去最高のIPO初値をつけたフェイスブック社(2012年上場)は、世界の20億人のユーザーにソーシャルメディアとしてサービスを提供しているが、カリフォルニア州メンローパークの本社にあるのは工場ではなくラボやオフィスである。そこで生産されているのは工業製品という有形物ではなく、新たな人と人の関係を構築するソフトウエア=システムという無形物である。
かつてこのような産業構造の転換を「知識経済」と呼んでいたが、知識や情報は創造性の道具や材料に過ぎないため、現代経済の本質は、「知識経済」ではなく「創造経済」と呼ぶべきである。創造経済の中心に位置するのが「創造産業」(creative industries)という概念である。これをいち早く政策として採用したのはイギリスのブレア政権だった(1997年〜2007年)。それ以降、世界各国で創造産業を重点とした経済政策が取られるようになる。ユネスコも世界遺産の後続プログラムとして、7つの創造産業分野から構成される創造都市ネットワークを2004年に開始し、現在180都市が加盟している(https://en.unesco.org/creative-cities/home)。
文化庁も2007年から「文化芸術の持つ創造性を産業振興,地域振興等に領域横断的に活用し,地域課題の解決に取り組む」文化芸術創造都市政策を開始した。2013年には創造都市ネットワーク日本が発足し、現在103の創造都市が加盟している(http://ccn-j.net)。2014年には日中韓3カ国から毎年1都市を選び、文化交流を行う「東アジア文化都市」もスタートした。
ここで、なぜ文化・芸術が地域を再生するのか考える。アーティストなどクリエイティブマインドの人びとが集積する地域では、新しい発想や発見が頻発し、地域のイノベーションが誘発されやすくなる。このように地域のエコシステムが創造的に変化していくことにより地域経済の再生や地域課題の解決といった変化が地域に連鎖的に起きていく可能性が高まるのである。
神奈川県旧藤野町(現緑区の一部)は東京と山梨の県境に位置する山間地で水源相模湖を抱いているため開発が厳しく制限されてきた。この地域に30年ほど前からアーティストなどクリエイティブな人材が移住し始めた。現在その数は300人を超えている(同エリアの人口は9千人)。そのため作品製作やその発表会といった活動が増加したばかりではなく、地域内に新たな創造・発表・交流拠点がいくつも形成され始めた。さらに、パーマカルチャー運動の誕生、シュタイナー学園の開学、再生エネルギーを生産する藤野電気の設立など、オールタナティブな価値創造の活動が続々と始まっている。このようなことからこの地域の人口減少ペースはかなり緩和されている。旧藤野町に見られる地域のイノベーションは、創造的人材のクリエイティブな活動が生み出す地域遺伝子によるものであり、瀬戸内海の離島、島根県の海士町、徳島県の神山町など、に共通に見られるものである。創造性をいかした地域再生の取組は急速に広まっており、現在顕著となってきた都市から田舎への若者を中心とした移住現象とも深い関連があると考えられる。アーティストは地域にイノベーションを誘発する触媒なのである。