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コラム

小松島市法務監・弁護士 中村 健人

2018.07.23

「自治体職員のリーガルマインド~市民からウシガエルを毒殺したいと言われたら?~」

1.はじめに~リーガルマインドとは何か?~

 カタカナで「リーガルマインド」と言われても、ぼんやりイメージがつかめる程度でしょうか。漢字にすると、「法的思考力」などと言われることがあり、こちらの方が、イメージがわきやすいかもしれません。

 とはいえ、カタカナを漢字にしたところで、実質的な理解が深まるわけではありません。

 ポイントとなるのは、「リーガル」=「法的」とは何かということです。

 この点については、様々な考え方がありえます。

 そもそも、「法」とは何かが、法学の最初の問題であると同時に最後の問題でもある、と言われるほど難解なのです。

 しかし、本コラムでは、そのような哲学的観点は置くとして、自治体職員にとってのリーガルマインドを、実践的観点から取り上げることにします。

2.リーガルマインド~3つの視点~

 自治体職員のリーガルマインドは、大きく3つの視点を持つことから始まると考えます。

 具体的には、「行政」、「刑事」、「民事」の各視点です。

 このうち、「行政」については、自治体職員であれば容易に想像がつくと思いますが、「刑事」と「民事」についてはあまりピンとこないかもしれません。

 本コラムでは、これら3つの視点を説明するため、生活保護に関する例を挙げてみたいと思います。

3.生活保護費の不正受給

 このタイトルを見て、自治体職員は、真っ先に生活保護法第26条(保護の廃止)や同法第78条(費用徴収決定)などの行政法規を思い浮かべるのではないでしょうか。

 これが「行政」の視点であり、自治体職員に最も馴染みの深いものでしょう。

 しかし、生活保護費の不正受給を法律問題としてみる場合、この「行政」の視点だけでは不十分です。

 生活保護法第85条1項をみると、罰則規定があり、「3年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する」とされています。

 そうすると、自治体職員としては、刑事訴訟法第236条2項により、刑事告発を検討しなければなりません。

 ここに「刑事」の視点が入ってきます。

 刑事告発の具体的実務は本コラムの本題から外れるので省略しますが、生活保護の不正受給が発覚した場合に、「行政」だけでなく「刑事」の視点がなければ、法の定める措置がとれなくなるおそれがあるのです。

 では、この問題に「民事」の視点は必要なのでしょうか。

  結論から言えば、生活保護法第78条の費用徴収決定に関し、「民事」の視点が必要です。

  この点については、「生活保護法第78条4項には、徴収金について、国税徴収の例により徴収することができると書いてある。つまり、滞納処分が可能ということである。だから、「行政」の視点で足り、「「民事」の視点は必要ない。」との見解もありえます。

  しかし、生活保護法第78条4項により、徴収金について滞納処分が可能になったのは、同法の平成26年改正以降のことです。

  それまでは、生活保護法第78条に基づく費用徴収については、滞納処分ではなく、民事保全、民事訴訟、民事執行といった民事訴訟手続による必要があったのです。

  つまり、「法」というのは不変ではなく、自治体職員にとっては、たとえば生活保護法第78条4項を「発見する」ことが重要であり、その発見は、お金(債権)をいかに回収するかという「民事」の視点がなければ難しいと思われます。

  以上のように、生活保護費の不正受給を法律問題としてみた場合、保護の廃止や費用徴収決定などの「行政」の視点、不正受給に基づく罰則という「刑事」の視点、徴収金の滞納処分の可否という「民事」の視点から検討する必要があり、これら3つの視点を持つことが自治体職員のリーガルマインドの土台になると考えられます。

4.おわりに~ウシガエルの毒殺?~

 本コラムのサブタイトルは、「市民からウシガエルを毒殺したいと言われたら?」です。

 このような問い合わせに対し、自治体職員としてどのように回答すべきでしょうか。

 直感的にダメだと言っても間違いはなさそうですが、本コラムのテーマであるリーガルマインドを発揮したらどうなるでしょうか。

 まず、「行政」の視点から、ウシガエルを保護する法律がないか思いを馳せます。「動物愛護法」(動物の愛護及び管理に関する法律)などが思い浮かぶかもしれません。そのあたりから入って、最終的には「外来生物法」(特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律)に行きつくことになるでしょう。

 次に、「刑事」の視点から、毒に関して「毒物及び劇物取締法」の罰則(刑事罰)に留意する必要があり、派生的な問題として、当該毒を人が摂取した場合の過失傷害・致死罪(刑法第209条、210条)などの検討も必要となりそうです。

 最後に、「民事」の視点から、毒で他人の身体や田んぼなどを侵害した場合の損害賠償責任(民法第709条)への配慮も欠かせません。

 以上を総合的に勘案すること、つまり、リーガルマインドの発揮により、自治体職員として適切な回答をすることが可能になると考えます。

 自治体職員がリーガルマインドを遺憾なく発揮するためには、事例研究を中心として相応の訓練が必要といえますが、本コラムがその端緒となれば、筆者にとってこれに勝る喜びはありません。