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コラム
執筆者:徳島県小松島市法務監・弁護士 中村 健人
2018.04.23
公営住宅に関わる法的問題への実務対応
公営住宅に関わる法的問題への実務対応
徳島県小松島市法務監・弁護士 中村 健人
1.公営住宅に関する悩み
私は、2013(平成25)年4月から3年間、徳島県小松島市で、弁護士を対象とする特定任期付職員として政策法務室長を務めていました。
その職務に、庁内各部門からの法律相談への対応が含まれており、任期中、様々な法律相談を受けました。
なかでも、公営住宅に関する法律相談は難問が多く、即答できないこともしばしばでした。
公営住宅に関する法的問題に難しい要素が含まれる理由はいくつか考えられますが、その1つに公営住宅の法的性質、すなわち、公営住宅が、民間住宅と異なって、福祉目的を有するということが挙げられると思います。
そして、この公営住宅の法的性質を、関連する法的問題に係る法的解釈にあたってどの程度勘案すべきか、悩ましい場面に遭遇することが私の経験上少なからずありました。
2.有用な2つの視点~事前対応と事後対応~
私は、公営住宅に関する法的問題への対応を検討するにあたり、2つの視点、すなわち、対応策を事前と事後に分けるという視点が有用と考えています。
具体的には、公営住宅に関し、未然に防ぐことのできる法的問題は、できる限り条例・規則・契約書・入居申込書などによる事前対応を行うこととし、それによっても防ぐことができない問題を事後対応(主として民事訴訟などの法的措置)として考えるという視点です。
私は、弁護士という職業柄、どちらかというと紛争になって以降の事後対応、特に裁判を中心に業務を行ってきました。
しかし、自治体として公営住宅を含む各種法的問題に取り組むのであれば、紛争を未然に防止する方が、住民・自治体双方にとって望ましいと考えられます。
そこで、本コラムでは、公営住宅に関わる法的問題のうち、紛争予防のための事前対応の例をご紹介いたします。
3.入居承継に関わる法的問題への事前対応例
公営住宅に関わる法的問題と一口に言っても、入居者の死亡から近隣トラブル、住宅設備の瑕疵に至るまで多種多様であり、それぞれの問題に応じて事前対応策にも種々のものが考えられますが、本コラムでは、そのうちの1つとして、公営住宅の入居承継に関する法的問題を取り上げます。
公営住宅の入居承継にあたって問題となる事項の1つに、死亡した前入居者と自治体の間で既に発生している法律関係、特に敷金及び滞納家賃支払債務が、新入居者に引き継がれるのか否かというものがあります。
本コラムでは、このうち敷金について検討してみます。
そもそも、「敷金」という概念について、現行民法上は定義がなく、「賃貸借に付随しておこなわれる敷金契約に基づいて交付される金銭であって、賃借人の債務(賃借物破損による損害金・滞納家賃等)を担保するために、賃借人から賃貸人に交付されるものをいう」(山本敬三『民法講義Ⅳ-1契約』有斐閣、2005年、410頁参照)といった解釈がなされています。
ここで、公営住宅の入居承継のうち、新入居者が、死亡した前入居者の相続人ではない場合を想定してみましょう。
この場合、新入居者が、前入居者及びその相続人全員から同意を得ているのであれば、敷金が新入居者に承継されることになるという結論に問題はないだろうと思います。
しかし、敷金の承継のために相続人全員の同意を得るというのは、特に相続人が多数存在する場合には容易ではなく、公営住宅の敷金が民間住宅のそれと比べて相対的に低額であると思われることに照らすと、費用対効果の面でも疑問が残ります。
そこで、相続人の合意を得ることなく、賃貸人(自治体)と新入居者の二者間の合意に基づき又は当該合意を前提とせず当事者の合理的意思によって敷金が新入居者に承継されると解する余地はないかが検討に値する問題となります。
実は、民間住宅に関する事案ではありますが、この点に関する最高裁判所の見解は否定的です(最判昭和53・12・22民集32巻9号1768頁参照)。
ただし、この最高裁判例には一定の留保があります。
具体的には、「敷金交付者が、賃貸人との間で敷金をもって新賃借人の債務不履行を担保することを約し、又は新賃借人に対して敷金返還請求権を譲渡するなど特段の事情がない限り」、新賃借人に敷金が承継されないとしているのです。
そうであるなら、自治体としては、この問題に関する事前対応として、あらかじめ新規入居者の契約書や入居申込書に、万一自己の退去又は死亡に基づいて同居人に入居承継が行われた場合には、自らの交付した敷金をもって新入居者の債務を担保する旨の規定(上記最高裁判決の「特段の事情」)を盛り込むことが考えられることになります。
私の知る限り、このような規定を置いている自治体は見当たらず、当該規定の有効性が争われた裁判例もないため、当該規定が紛争予防にどこまで役に立つかは未知数といわざるを得ません。
それでも、自治体としては、公営住宅に関する実務をかえりみて、将来的に紛争の種になりそうな法的問題を分析し、できる限り紛争を未然に防ぐための措置を講じるべきであろうと思います。
そうすることが、憲法25条1項の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」との規定を踏まえ、公営住宅法1条が「国及び地方公共団体が協力して、健康で文化的な生活を営むに足りる住宅を整備し」と定め、公営住宅に福祉目的を与えた趣旨にも適うのではないか、と私は考えています。