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第23回2007.02.28

職員研修―8

研修担当者の仕事―2
 研修担当者がやるべき仕事と、実際に追われている仕事について、前号から検討している。そこで紹介した大森彌の指摘の続きをみてみよう。

 ちょうどアンケート方式の世論調査がアンケート項目を考案し、文章化する企画者の問題意識、知識、そしてセンスによって回答の枠組みと可能性があらかじめ決まってしまうように、研修計画を立てる研修担当職員の発想と器量と情報量によって、その内容と実施方法がほぼ決定されるのである。
 自治体研修をめぐる問題点の一つは、このような最も単純でしかも重要なことに研修担当の職員が気づいていないことである。あるいは、そのことに、うすうす気づいていても、既存の研修方式に修正をほどこすことをおっくうがり、従前どおり、ありきたりの研修内容と方式を繰り返すことに甘んじていることである。
 実は、今日における研修のつまらなさあるいは空しさは、研修担当職員の非力と無自覚さに、その原因があるといってよいように思う。自治体職員研修の改革はまず、その担当職員のあり方を問うことから始めなければならないのではなかろうか。」(大森彌『自治体職員論』(良書普及会、1994年、153-154頁)

 この指摘に対して、感じ方は研修担当者それぞれであると思う。何を失礼なことを、と憤懣を覚える方もおられるかも知れないし、逆に、その通りだなぁ、と妙に納得される担当者もおられるかもしれない。ただ、ポイントは、このような見方をする外部の人間が少なからずいるという点である。否定するなら、それなりのアカウンタビリティを果たす必要がある。

 大森は、「どんな研修内容を企画するのであれ、その研修を通して、たとえ間接的であろうと、どのような職員を育てるのか、その基本イメージなしにおよそ企画は成り立たない」と指摘する。

 今までどおり、とくに変わりばえしない研修カリキュラムを組み、受講した職員からも「よかった」というコメントももらわず、ともかく研修事業をこなすという発想は、まさに、サプライサイド(供給者中心主義)型の活動である。
(中略)
 研修のような業務はもっぱら職員を相手に行われ、直接の影響は職員にしか及ばないから、その様子が一般には外に伝えられることはまずない。いわば純然たる内部管理業務になっている。(そのことは)むしろ、その内容を自律的に変えやすいことを意味する。問題は、内部管理業務だからといって、研修担当者サイドの都合でその内容とやり方が決められてしまうことである。そこで軽視されているのは研修を受ける側、つまり職員の側に立つ、いわばデマンド・サイド(需要者)の視点である。
(中略)
 研修は、その企画、その実施も、ともに知的活動である。ともかく、当局側が企画・実施し、職員がそれを実際に受けるというこれまでの方式を前提にしても、なおかつ、まず企画・実施を担当する職員の自己操縦能力とその所属組織の知力が問われなければならないのである。この点の改善によって、少なくとも一歩でも二歩でも研修をより良いものに変えていくことはできる。

 そこで最小限、次の点が大切であろう、と彼は指摘する。
 1.研修担当職員は、自分でも納得できない、意欲のわきそうにない研修プログラムを思い切って発展的に解消すること。
 2.研修担当職員は、自分がどのような自治体職員でありたいか、あるいはなりたいかを自問自答した上で、職員に自らのアイデンティティ(自分らしさ)を考えさせるような研修プログラムを企画すること。
 3.研修担当職員は眼を外に向け、全国の動向を把握することである(研修プログラムがマンネリに陥って、職員からうとんじられているところでは必ずといってよいほど研修担当職員が外の動向について無関心・無知である。)

 彼の指摘は、説得力に富むものである。私自身もまた、研修所において、研修所スタッフのファシリテート能力というものが非常に重要であると、常々感じている人間の1人である。教育スタッフはそれぞれの自治体の研修のプロフェッショナルである必要がある。
 前年の作業をそのまま疑いもなく淡々と続けているだけでよいと考えるか、それとも、そもそも当該研修は自治体の人材育成全体の中ではどのように位置づけられどのような達成目標があるのかを考えようとするのかで、研修実施の心構えは180度異なってくる。
 これまでの「作業」中心の研修事務職員から、人材開発のプロを目指す、研修スタッフへと脱皮して行くことが、今の時代、地方自治体に求められている。

 研修プロとしては、研修を見直すということを行う必要があるが、その際、研修体系全体の見直しと、個々の研修内容の見直しに配意しなければならない。体系そのものの見直しについては、また、あとの回で検討することとして、ここでは、個々の研修内容の見直しについて触れておきたい。
 研修を充実したものにするためには、インストラクショナル・デザイン(Instructional Design:ID)が重要であるとされる。インストラクショナル・デザインとは、教育・研修を効果的・効率的に設計実施するための方法論である。インストラクショナル・デザインでは、教材・研修づくりの具体的な順番のことをIDプロセスというが、様々なIDプロセスの中で、よく用いられるのが、ADDIE(アディー)である。
 ADDIEとは、分析(Analysis)、設計(Design)、開発(Development)、実施(Implementation)、評価(Evaluation)の頭文字をとったものである。 分析では、研修の目的や学習者・受講者、組織の課題、業務内容、必要な知識など研修の目的や要件を洗い出す。
 設計では、分析結果をもとに、研修で用いる教材やツールなどの設計をする。
 開発では、設計やそのイメージをもとに、研修で用いる教材やツールを開発する。
 実施では、実際に研修を行う。
 評価では、研修全体や教材の問題点を洗い出し、改善を行う。研修全体がうまくいったかどうかの評価を行うものである。

 能力開発とは、現在持っている知識・技能と、本来兼ね備えているべき知識・技能とのギャップを埋めるプロセスである。したがって、現状分析、求められているもの、ゴール目標が明らかでなければ、そもそも、当該研修の位置づけ自体が曖昧なものになってしまう。実は、研修を企画する中で、もっとも重要なのはこのポイントである。研修プロを目指す研修担当者としては、そもそも何のための研修を行おうとしているのか、受講対象者は現状としてどういう人たちであるのか、などの分析が、まずは不可欠である。にもかかわらず、殆ど労力や時間がかけられていないのが現実ではないか。まず、ここの見直しをするところが必要であろう。

 おすすめの文献:中原淳編著『企業内人材育成入門』ダイヤモンド社、2006年