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第63回(2012.6.27) 「多文化共生社会に向けて」

(明治大学国際日本学部教授 山脇啓造 氏)

第63回 ロンドン・ルイシャム区

欧州評議会と欧州委員会が推進しているインターカルチュラル・シティ(ICC)プログラム(第43回拙稿参照)に、イギリスの自治体で唯一参加しているのがロンドン・ルイシャム区です。ルイシャム区はロンドンの南東部にある特別区の一つで、人口は約27万人です。外国生まれの住民は全体の約4分の1を占め、第2世代も含めると移民の比率は3割を超えます。カリブやアフリカ出身者など民族的少数者(ethnic minority)の比率は4割で、さらに学齢期の子どもの中では7割を超えます。ルイシャム区はロンドン市内で平均世帯収入が最も低い区の一つで、一人親世帯の比率が最も高い区でもあります。

 今年の5月に、ICCプログラムの一環として、3日間にわたるルイシャム区の視察プログラムがあり、プログラムに参加する東西ヨーロッパの自治体担当者約40名が集まりました。自治体国際化協会ロンドン事務所職員3名と私も参加しました。

 三日間で様々な施設を回り、様々な取り組みの発表がありましたが、その中で特に印象的だった三つの事例を紹介したいと思います。

 第一に、デトフォード・タウンセンター(ラウンジ)です。これは、今年1月にオープンしたばかりの施設で、ルイシャム区の中でも特に貧困世帯が多い地区の一つであるデトフォードにつくられました。3階建ての金色の外観のユニークな建物で、小学校や住宅、アートスタジオおよびギャラリーと一体になっています。1階にはガラス張りの図書館とカフェが入り、市役所の窓口もあります。上の階には、会議室や調理室さらに体育施設も入っていて、屋上にはバスケットボールのコートもあります。毎月、3500人の利用者があるそうです。

 第二に、ヤング・メイヤーです。この事業は、若い世代の声を区の施策に生かすことを目的に2004年に全国に先駆けて設けられました。ヤング・メイヤーの任期は1年で、その選挙は普通選挙と同様に区の選挙管理委員会が運営します。ルイシャム区内の11〜18歳の若者が選挙権者で、13〜17歳の若者が被選挙権者となります。ヤング・メイヤーには年間3万ポンド(約400万円)の予算が与えられます。メイヤーを補佐する組織として25人の「ヤングアドバイザーズグループ」があります。また、ソーシャルメディアを使って、地域の若者がヤング・メイヤーの活動について活発に意見交換をしています。これまで、音楽やスポーツなどのイベント、学習支援、就職・起業支援、ボランティア活動の呼びかけ等の事業が実施されてきました。この試みは高く評価され、イギリスの他の自治体にも広まりつつあります。

 第三に、マルチフェイス・コミュニティ・センター(multi-faith community centre)です。ニュークロス地区にある旧工業地帯のサリー運河地域の再開発の一環として、様々なスポーツ施設が集まったスポーツビレッジの構想が進行中で、その中の施設の一つがマルチフェイス・センターです。この中には、キリスト教徒が所有する教会とイスラム教徒が所有するモスクが設けられ、さらに様々な宗教グループが利用可能なスペースも設けられ、図書室やカフェなども併設される予定です。一つの施設の中に教会とモスクが共存するのは、世界的に見ても前例がないようです。この再開発をルイシャム区と協力しながら進めているのはリニューアルという民間企業で、パキスタン出身のイギリス人が社長で、10人いる役員の半数は民族的少数者のことです。2015年の開設を予定しています。

 なお、私は直接発表を聞くことができませんでしたが、参加者の間で特に評価の高かったのが、地区ごとに開かれる住民集会(local assembly)です。2008年にスタートした地区集会は、区内の18の区議会議員の選挙区ごとに組織され、地区選出区議の1人が議長を務めるそうです。活動費として地区ごとに年約2万ポンド(約230万円)が区から助成され、年3、4回の総会を開き、事業計画の策定や事業報告を行っています。具体的な成果としては、地域の公園を子どもが安心して遊べるようにする、スケートエリアをつくる、自然保護を進める、コミュニティセンターをつくるといった事業があります。総会への出席者は毎回70人ほどで、民族的少数者の参加率は4割弱だそうです。事業者の参加にも力を入れているとのことです。

 ルイシャム区は、公選区長を持つイギリスでは数少ない自治体で(イングランド全体で公選区長を置くのは16自治体に過ぎません)、2002年の当選以来、区民の信頼を得てきたスティーブ・バロック区長が強力なリーダーシップを発揮している区として知られています。なお、イギリスでは、「インターカルチュラル・シティ」という用語はほとんど知られておらず、ルイシャム区自体もICCプログラムに参加していることは、区民に対しても対外的にも特にアピールしていないようでした。

 最後に、ルイシャム区の取り組みを理解する上で、歴史的に重要な意味をもつ二つの事件を紹介したいと思います。一つは1977年8月に起きた乱闘事件です。ルイシャム区の中でも特に移民の多いニュークロス地区での反移民政党の支持者によるデモをきっかけに乱闘事件が起きました。もう一つは1981年1月に同じくニュークロス地区で起きた火災で、13人の若者が死亡しました。この火災が故意によるものかどうかはわかりませんでしたが、警察の不十分な対応が厳しく批判されました。この二つの事件をきっかけに、ルイシャム区は移民や民族的少数者の課題に積極的に取り組むようになったと言われています。

 英国は、戦後に限っても長い移民受け入れの歴史がありますが、そうした歴史的背景や国の政策をよく理解せずには、自治体の取り組みを評価することは難しいと改めて思いました。


ルイシャム区役所
http://www.lewisham.gov.uk/Pages/default.aspx

B-INVOLVED(ヤング・メイヤーのウェブサイト)
http://www.b-involved.org.uk

マルチフェイス・コミュニティ・センター
http://surreycanal.com/faithcentre/

地区集会
http://www.lewisham.gov.uk/getinvolved/localassemblies/Pages/default.aspx

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