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第45回2010.12.22

ニューヨーク市における移民の子どもの教育-ESLとバイリンガル・プログラム

米国最大の都市(人口830万人)で、世界中から移民が集まる都市としても知られるニューヨーク市を2010年11月上旬に訪問しました。米国全体では住民に占める外国生まれの住民の比率は11%ですが、ニューヨーク市では36%となっています。外国生まれのニューヨーク市民の出身地域別内訳を見ると、ラテンアメリカ(32%)、アジア(24%)、カリブ(ノン・ヒスパニック)(21%)、ヨーロッパ(19%)、アフリカ(3%)となっています(2000年国勢調査)。

今回の訪問はコロンビア大学のロースクールとビジネススクールが主催した日本の移民政策に関するワークショップに参加するのが目的でしたが、自由時間に現地の公立学校の視察をすることができました。

米国の公立学校に通う生徒の11%は英語学習者(English Language Learner、以下ELL)ですが、ニューヨーク市では、生徒の2人に1人が外国生まれで、7人に1人がELLです。

ニューヨーク市では、学校に通う手続きをする際には、まず保護者は家庭で使われる言語に関する調査用紙(Home Language Identification Survey)に記入し、英語でない場合、その子どもはニューヨーク州が定めた英語力測定のテスト(Language Assessment Battery-Revised)を受け、ELLと認定された場合は、ELLのためのプログラムを受けます。

ELLのためのプログラムは、ESL(第二言語としての英語)プログラムとバイリンガル・プログラムに分かれ、どちらかを選ぶことができます。ESLは、基本的に英語で授業を受けます。バイリンガル・プログラムはさらに、移行型バイリンガル教育(Transitional Bilingual Education)プログラムと二言語(Dual Language)プログラムに分かれます。前者は生徒の言語(主にスペイン語か中国語)による授業とESLを組み合わせたものですが、次第に英語の比重を増やしていきます。後者は特定の言語を話すELLとELLではない生徒で一つのクラスを構成し、その言語(大半がスペイン語)と英語の授業を交互に受け、どちらの生徒もバイリンガルになることを目指します。ELLのためのプログラムを担当するのは、通常の教員免許に加えてESLやバイリンガル教育の免許も持った教員となります。

ESLあるいは移行型バイリンガル教育プログラムを受ける生徒は、毎年、学年の終わりに、ニューヨーク州が実施する英語力測定のテスト(New York State English as a Second Language Achievement Test)を受け、その結果によって、ELLのためのプログラムを修了するかどうかが決まります。

ESLは市内すべての学校(約1400校)で実施しますが、移行型バイリンガル・プログラムはその言語を話す一定数の生徒が同一学年にいる場合に設置されます(約300校)。また、二言語プログラムを実施している学校の数は限られます(90校)。ELLの7割弱がESLプログラムを受け、3割弱が移行型バイリンガル教育プログラムを受け、二言語プログラムは数%に過ぎないそうです。

現地では、小学校2校と高校を見学しました。まず、見学したのは、マンハッタンのアッパー・イーストサイドにある小学校PS183でした。外国人研究者の多い大学病院や研究所が学区にある同校の児童の出身国は多様で、毎年10月には「インターナショナル・デイ」を開いています。650人近い児童の6割がヨーロッパ系で、残りはアジア系、ヒスパニック、アフリカ系となります。児童の1割弱がESLを受けていて、二人のESL専任の教員がいます。タラ・ナポレオニ校長は若く教育熱心で、学級担任の教員にもELLのニーズに敏感であることを求めているのが印象的でした。

続いて訪問したのが、移民が多いことで知られるクィーンズにある小学校PS166でした。約1000人の児童のうち、半分がヒスパニックで、3割がアジア系、2割がヨーロッパ系となっています。3割の児童がESLを受けています。また、約30人が二言語(英語とスペイン語)プログラムを受けています。同校のジャネット・ファレル校長も大変情熱的で愛校心の強さを感じました。

最後に、クィーンズにあるニューカマーズ高校を見学しました。1995年創立の新しい学校です。生徒の出身国が40か国になる同校では、生徒の6割がヒスパニック、3割がアジア(主に中国)系となっていて、ヨーロッパ系が6%、アフリカ系が5%となっています。この学校の特徴は何より、生徒はすべて米国に来て1年未満の移民であることで、7割が移行型バイリンガル教育プログラムを受け、2割がESLを受けています。この学校は、2009年に全米の優良高校ランキングで第6位になり、大きな話題となりました。卒業生の9割は大学に進学しています。ラファエル・ロドリゲス副校長の案内で校内を見学しましたが、生徒たちが落ち着いていて、とてもよい雰囲気でした。"ChiSpa"という、中国語を話す生徒とスペイン語を話す生徒が互いの言語を学び合う授業もあり、楽しそうでした。

日本でも、外国人児童生徒の日本語教育や教科学習の課題が多方面から指摘され、文部科学省は2001年から「第二言語としての日本語(JSL)」の研究を始めましたが、JSLの制度化はなかなか進みません。外国人児童生徒の日本語力を測定する試験もなければ、JSL担当の教員の資格も定められていません。日本も米国のESLなどを参考にし、JSLの制度化を急ぐべきではないでしょうか。また、バイリンガル・プログラムについても、外国人児童生徒の多い地域で試験的に実施してみてはどうでしょうか。

※今回の視察では、自治体国際化協会ニューヨーク事務所と古屋恵美子弁護士にご協力いただいたことを感謝いたします。

参考文献:
NYC Department of Education: English Language Learners
自治体国際化協会ニューヨーク事務所「米国における言語マイノリティに対する教育支援策」(自治体国際化協会、2010年1月)