メールマガジン

コラム

執筆者:徳島県小松島市法務監・弁護士 中村 健人

2018.02.28

民法大改正~自治体実務に与える影響~その2

1.民法改正と自治体の視点

 昨年(2017年)6月に改正された民法の施行日が、2020年4月1日に決まりました。

 この改正民法が広範囲にわたって自治体実務に影響を与えることについては、JIAMメールマガジン第172号(平成29年10月25日発行)のコラムで述べたとおりです。

 そのコラムの最後に、自治体においても、①契約管理、②時効管理の2つの観点から、これまでの実務を見直す必要があると書きました。

 そこで、今回のコラムでは、上記2つの観点に基づく実務見直しの具体例として、契約管理の観点から賃借人の原状回復義務の範囲に関する改正を、時効管理の観点から連帯保証人に対する請求の効果に関する改正を取り上げることにいたします。

2.賃借人の原状回復義務の範囲~契約管理の観点から~

 民間の賃貸物件を退去する際、借主は、原状回復義務を負うのが一般的です。つまり、借主は、退去にあたり、これまで住んでいた賃借物件を、入居時の状態に戻さなければならないということです。

 ただ、原状回復義務の範囲については、契約書で明確に書かれていないことも多く、この点をめぐって多くの裁判例が積み重ねられてきました。

 その結果、通常の使用及び収益によって生じた賃貸物件の損耗並びに賃貸物件の経年変化による損傷(いわゆる経年劣化部分)については、明確な合意がない限り原状回復義務の範囲に含まれないという判例法理が確立されていきました。

 今回の改正民法では、この判例法理を踏まえ、経年劣化部分を原状回復義務の範囲から明確に除外しています。ただし、改正民法の規定と異なる当事者間の合意を直ちに排除する趣旨ではないと考えられる点には留意が必要です。

 では、自治体保有の賃貸物件、すなわち公営住宅についてはどうでしょうか。民間の賃貸物件と同じように考えてよいのでしょうか。

 まず、今回の民法改正によって、経年劣化部分が原状回復義務の範囲から除外されたのは、民間の賃貸物件においては、経年劣化による減価の回収が、修繕費等の必要経費分を家賃に含ませることで行われているため、さらに原状回復義務を課すのは二重取りにあたると考えられることがその背景にあると思われます。

 一方、公営住宅においては、その家賃が民間の賃貸物件と比べて特に安く設定されていること、また建設時からの経過年数に応じて算出される係数により建物減価分が毎年減額されていることに照らすと、経年劣化部分の経費が毎月の家賃に含まれていると考えることには疑問があり、実際、これらの点を指摘した裁判例もあります。

 以上によれば、公営住宅については、民間の賃貸物件とは異なる視点から原状回復義務を考えることが可能と思われます。

 すなわち、上述のような民間の賃貸物件と公営住宅の性質上の差異に照らすと、公営住宅の原状回復義務の範囲に、経年劣化部分を含めることは十分考えられるということです。

 ところが、公営住宅の原状回復義務の範囲について、条例、規則等において明確な規定を置かないまま改正民法が施行されると、その後の入居者の原状回復義務の範囲から、経年劣化部分が除かれることになってしまうのです。

 なお、公営住宅の有する福祉目的に照らし、原状回復義務の範囲から経年劣化部分を除くという政策判断も十分ありうるところです。

 よって、自治体としては、契約管理の一環として、公営住宅の原状回復義務の範囲を検討し、場合により条例、規則等でその範囲を明確化する必要があるということになります。

3.連帯保証人に対する請求の効果~時効管理の観点から~

 現行民法においては、連帯保証人に対する履行請求は、主債務者にも効力を生じるものとされています。

 したがって、たとえば公営住宅の入居者(主債務者)に連帯保証人がいる場合、入居者が家賃を滞納したまま退去し、その行方がわからなくなったときに、滞納家賃債権の時効を中断させるためには、連帯保証人に対して訴えを提起するという方法が考えられました。

 しかし、改正民法においては、連帯保証人に対する履行請求の効力は、主債務者に及ばないことになります。

 よって、連帯保証人に対して訴えを提起しても、主債務者に対する時効は進行を続けることになり、当該時効が完成し、主債務者に時効の援用をされてしまうと、保証債務の附従性の性質により、連帯保証債務も当然に消滅してしまうことになるのです。

 このような事態を防ぐためには、主債務者と連帯保証人の両方に対して訴えを提起する(共同被告とする)必要がありますが、事前の防止策として、たとえば公営住宅の入居契約書、申込書等に、特約として、入居者(主債務者)が家賃滞納等の債務不履行をした場合、債権者(自治体)が連帯保証人に対して保証債務の履行請求をしたときは、当該履行請求の効力は入居者(主債務者)に及ぶとする条項を加えることが考えられます。

 これは、改正民法が、連帯保証人に対する履行請求の効力が主債務者に及ばないことを原則としつつ、債権者と債務者の合意によって別段の定めをすることを妨げるものではない旨を明文化したことに基づく対応です。

 このように、自治体としては、連帯保証人に対する履行請求の効力が主債務者に及ばなくなることを踏まえ、時効管理の観点から、特約の要否を検討し、場合により公営住宅の入居契約書、申込書等において当該特約を明文化する必要があるということになります。