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第15回2016.06.22

ロサンゼルス市における移民の子どもの英語教育

米国第2の都市(人口393万人)で、世界中から移民が集まる都市としても知られるロサンゼルス市を2016年5月下旬に訪問しました。米国全体では住民に占める外国生まれの人の割合は約13%ですが、ロサンゼルス市では4割となっています。その6割がラテンアメリカ出身で、約25%がアジア出身です。

今回の訪問はカリフォルニア大学ロサンゼルス校の日本研究センターが主催した日本の移民政策に関する国際会議に参加するのが目的でしたが、自由時間に現地の公立学校を視察することができました。アメリカ訪問は5年半ぶりで、前回はニューヨークを訪問しました。(ニューヨーク市の公立学校を視察した報告は、こちらです。)

米国の公立学校に通う生徒の約1割は英語学習者(English Learner)ですが、カリフォルニア州は全米で最も英語学習者が多く、全生徒に占める割合も最も高く、約4分の1となっています。ロサンゼルス市と周辺自治体を管轄するロサンゼルス統一学区(Los Angeles Unified School District, LAUSD)でも英語学習者の割合は約4分の1となっています。LAUSDにおける英語学習者の93%がスペイン語を主たる言語としています。

ロサンゼルス市で学校に通う手続きをする際には、まず保護者はカリフォルニア州が作成した家庭で使われる言語に関する調査票(Home Language Survey、20数言語のバージョンあり)に記入し、英語でない場合、その子どもはカリフォルニア州が定めた英語力測定のテスト(California English Language Development Test, CELDT)を受け、英語学習者と認定された場合は、英語学習者のためのプログラムを受けます。

英語学習者のための小学校のプログラムは、5種類あります。第1にメインストリーム英語プログラムで、ある程度の英語力を有する英語学習者(CELDTのレベル4と5)が通常の英語による授業を受けます。さらに、毎日45分から一時間の英語学習の授業を受けます。第2に構造的英語イマージョン(Structured English Immersion, SEI)プログラムで、英語力の低い英語学習者(CELDTのレベル1-3)が英語で授業を受けます。その際、必要があれば一部母語のサポートがあるほか、毎日一時間は英語学習の授業を受けます。第3に移行型バイリンガル教育プログラムで、幼稚園(1年間)から小学校3年生を対象に、児童の母語を主に用いて授業を行い、段階的に英語の比重を高め、4年生の時には英語のみによる授業に移行します。第4に維持型バイリンガル教育プログラムで、児童の母語と英語による授業を行い、児童がバイリンガルになることを目指します。第5に、二言語双方向イマージョン(Dual Language Two-way Immersion)プログラムで、特定の言語を話す英語学習者と非英語学習者の児童が一つのクラスを構成し、その言語と英語の授業を交互に受け、どちらの児童もバイリンガルになることを目指します。

中学、高校の場合も、5種類あります。第1、第2、第5のプログラムは小学校と同様で、それに加えて、英語学習者ニューカマープログラムと長期英語学習者のための学習加速プログラムがあります。前者は、アメリカの学校の在籍が2年未満の生徒向けで、母語によるサポートや授業を受けることができる場合があります。後者は英語学習を5年以上続けている生徒を対象としています。LAUSDでは英語学習者の3割近くが「長期英語学習者」だそうです。

英語学習者のための教育プログラムを受ける児童生徒は、毎年、学年の終わりに、カリフォルニア州が実施する上述のテスト(CELDT)を受け、その結果によって、英語学習者のためのプログラムを修了するかどうかが決まります。

ロサンゼルス市の英語学習者向けのプログラムが5種類に分かれているのには、歴史的背景があります。20世紀前半の米国の公教育では、英語学習者のためのプログラムは特に用意されていませんでしたが、1964年に公民権法が制定されると共に、1968年に初等中等教育法(1965年制定)の第7章として、バイリンガル教育法が制定され、連邦政府によるバイリンガル教育への財政支援が始まりました。1974年には、公民権法第6章を根拠に、サンフランシスコ在住の英語力が十分でない中国系アメリカ人生徒への特別な支援に関する裁判(ラオ対ニコラス事件)において、連邦最高裁判所は、支援を認める判決を出し、それ以降、バイリンガル教育が広がっていきました。

一方、レーガン政権が1980年代に誕生すると、連邦政府のバイリンガル教育への支援は大きく縮小するとともに、英語の公用語化とバイリンガル教育の廃止を求める英語オンリー運動が全国に広がっていきました。そうした中、1986年にカリフォルニア州では全国に先駆けて、英語を公用語とする住民提案が可決されました。1993年にクリントン政権が誕生すると、再び、連邦政府のバイリンガル教育への支援は拡大しますが、1998年にカリフォルニア州でバイリンガル教育の廃止を求める住民提案227号が可決されました。その結果、英語学習者は最大一年間集中的に英語を学び、2年めからは通常の英語による授業を受けることとなりましたが、保護者が要望する場合、一定の要件のもとバイリンガル教育を受けることは可能でした。

その後、ブッシュ政権が誕生し、学力格差を是正するために連邦政府の役割を大きくした「どの子も置き去りにしない法」(2001年制定)の第3章によって、言語マイノリティの英語習得及び学力向上をめざした連邦政府の財政支援が拡大されました。そして、昨年12月、オバマ政権によって、州政府の裁量をより認める「すべての生徒が成功する法」が制定されました。さらに、カリフォルニア州では、今年11月に住民提案227号の廃止に関する投票が行われる予定です。このように、米国では、1960年代後半にバイリンガル教育が始まってから、その是非をめぐってこれまで何度も論争が起こり、特に移民の子どもが全米で最も多いカリフォルニア州では、激しい論争の的となってきました。

今回訪問した学校は以下の4校です。

① Dunsmore Elementary School
ロサンゼルス市近郊にあるグレンデール市立の小学校で、約400名の児童が通学しています。グレンデール市では、2003年に英語とスペイン語の二言語双方向イマージョンプログラムを始め、徐々に対象言語を広げ、2010年に英語と日本語の二言語プログラムを始め、この学校でも二年前から英日二言語プログラムを始めました。

② Carson-Gore Academy of Environmental Studies
ロサンゼルス市立の小学校です。約700名の児童が通学しています。その4割を超える児童が英語学習者です。中米出身の移民が多い地域にあり、校長先生も英語学習のコーディネータも中米出身でした。構造的英語イマージョンプログラムを見学しました。保護者を対象にした英語の授業を毎日無料で行っているのが印象的でした。

③ Burroughs Middle School
ロサンゼルス市立の中学校です。1924年に設立されました。6年生から8年生が対象で、2000人を超える生徒がいます。コリアタウンの近くにあります。10年以上同校に勤務している校長先生はメキシコ出身で、高校を中退した自身の経験から、情熱的に教育に取り組んでいました。生徒だけでなく、教員にも韓国系アメリカ人が多く、英語とスペイン語、そして英語と韓国語の二言語双方向イマージョンプログラムを実施しています。

④ Helen Bernstein High School
ロサンゼルス市立の高校です。2008年に設立されました。9年生から12年生までの600人の生徒のうち、約4割が英語学習者です。映画産業で有名なハリウッドの近くにあります。就任3年めとなる校長先生は、常に校長室の扉を開けていて、いつでも誰でも歓迎する姿勢を示していることが印象的でした。英語学習のコーディネータは中国新疆出身でした。全員卒業を目指していることを訴えるポスターが、校内のあちこちに貼ってあり、大学進学相談室もありました。学校の出入り口とは別に、保護者向けの集会室の出入り口があり、そこで保護者がコーヒーを飲みながら、校長と雑談する部屋もありました。

5年前にニューヨーク市の学校を訪問した時にも感じたことですが、英語学習のシステムが整備され、かつ英語を教える教員と教科を教える教員が連携して児童生徒の支援に取り組んでいて、日本とは大きな違いがあることを再確認しました。バイリンガル教育をめぐる論争を経て、英語による教育(統一性)とバイリンガル教育(多様性)のバランスの模索が続いていることを感じましたが、これは世界共通の課題であり、明日の日本にとっても大きなテーマであると思いました。

*今回の視察では、自治体国際化協会ニューヨーク事務所と国際交流基金ロサンゼルス日本文化センターにお世話になりました。ここに記して、感謝申し上げます。

Multilingual and Multicultural Education Department, Los Angeles Unified School District
http://lausd.schoolwires.net/mmed#spn-content

Multilingual Academic Support Unit, Los Angeles County Office of Education
http://www.lacoe.edu/CurriculumInstruction/EnglishLearners.aspx

Dunsmore Elementary School
http://dunsmoreelementary.com/
http://gusdmagnetandflag.com/flag_japanese

Carson-Gore Academy of Environmental Studies
https://carsongore-lausd-ca.schoolloop.com/

Burroughs Middle School
http://www.burroughsms.org/

Helen Bernstein High School
http://hbdragons.com/