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第98回2013.05.29

5月号 インタビュー:西宮市研修厚生課の皆様(下)

 西宮市の研修チーム係長の丹上さんにインタビューを申し込んだところ、チーム全体として取材を受けたいというお話だった。先月号では、そのチームのメンバーにお話をお伺いした。今月号では、当初のターゲットだった丹上さんにお話をお聞きする。


稲継   丹上さんは、この研修厚生課に来られて、今、何年目になるんでしょうか?

丹上   現在、5年目です。

稲継   今、ご紹介いただいたメンター制度、ステップアップ研修、先進事例研修、いずれも直接、あるいは上司というかマネージャーとして関わってこられたと思うんですが、それぞれに対する思い入れがありましたら、教えてもらいたいと思います。

丹上   そうですね。まずメンター制度から話します。私は研修厚生課に来る前は人事課に在籍していました。採用担当は、いい人材を採ることには一生懸命なのですが、採用後は研修厚生課に「はい、よろしく」と丸投げで、なかなか新人と接触する機会がなかったんです。自分たちで採用した新人たちが、その後どういう役所人生を歩んでいるのかに関わる仕事、ということでメンター制度には大いに興味がありました。現場からは「最近の若い職員の考えていることがわからない、コミュニケーションをとるのが難しい」という声を聞いていましたが、では研修の立場からどういうことができるのか、と考え始めたのが私とメンター研修のつき合いのはじまりです。
 このメンター制度は平成19年から始まりまして、研修厚生課で私の前任者である岸本係長が、ただならぬ情熱を持って立ち上げてくれた制度です。しかし、組織的なバックアップも十分でなかった状態でしたので、新人育成という楽しめる仕事にもかかわらず、現場には「何で急にこんな仕組みを?」という「やらされ感」が漂っていました。平成20年に研修担当として異動してきて、これは工夫のしどころがたくさんあるぞ、と思いました。この制度は、うまく使えば組織内で「世代を越えた縦横斜めのコミュニケーションツール」として使えるし、それによって職場・市役所全体が風通しのよい組織になっていくビジョンが見えたので、岸本係長と一緒に「ああでもない、こうでもない」と話し合いながらいろいろな仕掛けを考えました。例えば、「研修厚生課から言われたから」と言い訳や根拠に使ってもらって結構なのです。「新人・メンター・職場が成長」できれば、その仕事の成果は最終的には市民の幸せに繋がりますから。そのために、西宮市役所としてはどんなチューニングがいいのかというアンテナを常に立てながら関わっていきました。とにかく「やらされ感」「変化に対する抵抗感」を排除すること、ある程度は職員の自主性を信じて、システムをつくりすぎないことなどに気をつけました。つくりすぎは「やらされ感」が出てくるし、緩みすぎると、先ほどの交換日記や星取り表も「こんなん、意味ないやん」となりますが、その丁度いいバランスの見極めに力を入れました。3カ月のメンター期間を終了した時、「あの新人たちがこんなふうに」と、成長の結果が目に見えることは、とても楽しい仕事だなと思っています。
 次にステップアップ研修ですが、これは、空中の前任者として、私が研修厚生課で初めて主担当として実施していた研修です。私は、中堅職員の研修体系が階層別からステップアップ研修にちょうど切り替わる世代で、「こんな研修制度が最初からあれば!」と感動しましたし、その時のテキストは未だに手元に残しています。ステップアップ研修を受講している若手職員たちを観察していると、いろんな意味で個人差はありますが、「積極的に学び、気づきや成長を楽しむ」ことを体感できている人を見受けます。例えば、朝、来たときは「業務も忙しいのに、研修だるいな」という感じの職員が、帰りには「今日は、楽しかったですよ」と言ってもらえただけで「よっしゃっ!勝った!」と。変化の第一歩を踏み出してくれればこっちのものですから。研修担当者としての達成感を持てるし、彼らがもっと前のめりになって学び、成長を積極的に楽しむためには「次はどういう仕掛けをすればいいか」と考える。それが、私が担当していたときの一番の楽しみでした。


研修チーム係長 丹上敬史氏

 国内先進事例研修ですが、これはいわゆる政策形成研修の流れを汲むもので、JIAMの機関誌「国際文化研修vol.74(2012年冬号)」に掲載していただきました。今や笑い話ですが、この研修には「時間や負担感に比して効果がはっきりしない無駄な研修だ」という思いが強くて、「業務担当に」と命じられたときは、この研修をやめる方法はないかと、当時の課長と3日ほど膝を突き合わせて話し合いました。出した結論は、研修担当者ですら「意味や目的がはっきり分からない研修」と感じてしまっているということは、受講生はもっと不満を抱いているに違いない。まずはこの「良くないモヤモヤ」を排除しないと、自由な発想で政策を立案するとか、他の自治体へ視察に行くとか、課題に取り組むぞとやる気が湧いてくるとか、そういうゴールにたどり着く訳がないと思い、研修運営にあたり気になることは何でも手を着けました。第1に、研修の目的として、達成したらどうなるのかというゴールを明確にすること。第2に、長期スパンの研修期間中、担当者として彼ら受講生と積極的に絡みながら、共に歩いてゴールを目指すこと。第3に、組織を飛び越えた友人ができたり、市長や幹部職員に直接プレゼンできたり、こんな経験なかなかできないよという面白さを伝え、関心を持ってもらうこと。第4に、専門的な研究の仕方や、日常での自分の担当業務だけでは身に付けられないような知識や経験を見聞きすることができて、大きく成長できたと気づける機会をたくさん仕掛けておくこと。「研修」とは「チャレンジできるバーチャル体験空間」だと考えているのですが、この研修では、市の課題に対する研究の成果を出すこと以外にも、研修中に自発的にいろいろ取り組んでみるという「『自学』の楽しさ」に気づいてもらうこと、「かわいい子には旅をさせよ」と言われるように武者修行的に「経験値を上げてもらう」ことなどもあわせて、様々な魅力があるよ、と受講生や職場の上司に対してPRしました。もちろん「経験を積むことが大事な研修です」だけでは対外的な説明責任が十分ではないので、こういう意味があって職員たちは成長できるんです、自律型職員として目覚めるんです、長期的には組織に貢献できるんです、という実績も示しながら理解を得られるように、この研修に関わってきたと思っています。

稲継   はい、ありがとうございます。西宮市は近年、研修部門で特に注目されているわけですが、平成19年からでしたか?

丹上   私は、平成20年から。

稲継   平成20年からずっと丸5年ですかね。

丹上   そうですね。

稲継   関わってこられて、いろいろな取り組みを次々にやっていく中で、西宮市の職員がこういうふうに変わりつつあるなと感じられるようなことは、何かありますか?

丹上   私自身も、特に前の職場が多忙な業務だったので、研修に対して抵抗があって、「やらないといけない仕事はたくさんあるのに、研修に時間をとられてしまう」という気持ちが、現場の人はどうしても湧いてしまうものだと......

稲継   研修不要論ってありますよね。

丹上   そうですね、ありますね。ですから、研修運営の当事者になった私にとってこの5年は、研修に対する信頼感をかち取るために戦ってきた5年間というか。

稲継   ほう、ほう。研修に対する信頼感?

丹上   研修とか人事は、信じてもらえないと、いくらいい研修を企画しても、話半分にしか聞いてもらえないと思うんです。研修担当になったからには「なぜこの研修が必要なのか」を組織の中で一番真剣に考え、いかなる逆風の中でも担当自身が「研修に効果がある」と信じ、「自分がこの研修に関しては組織で一番です」「この研修を一番売り込めるのは私です」といった覚悟や当事者意識を持ち、研修に参加した人と一緒にワンステージ成長する、そういう姿勢で業務に取り組むべきだと思っています。例えば、研修を実施しなくても当座の業務には大きくは影響ありませんし、研修実施には人と予算の側面から見ても結構大きなコストを投資しています。つまり、研修を実施すると決めたならば、研修担当者は全ての能力と情熱と責任感、それと研修へのこだわりを持って取り組む必要があるのです。現在の研修チームのメンバーから出た言葉なのですが、「メインで走っているのは受講生。自分は並走者であり、アドバイザーであり、成果にたどり着くのをサポートするのが仕事」だと言うんです。研修担当者にとって職員が成長することは、他人事ではない、研修担当者自身に大いに関係あることだ、というスタンスを示していると思うのですが、そういった研修厚生課の仕事ぶりが徐々に知られるにつれ、組織内部で研修に対する理解者が増えてきています。私は現在、管理職研修全般を担当していますので、まず管理職、特に現場で影響力の大きい課長・係長級の信頼を勝ち得るぞ、と思って業務に取り組んでいます。研修に後ろ向きな管理職の下で「成長できるように研修頑張ってきます!」という空気は生まれませんから。毎年の変化は小さなものですが、積み重なれば大きいですよ。例えば、メンターやステップアップに参加した層の職員が係長や課長になっていますので、「最近の研修部門は頑張っているな」と思ってくださる方の割合は増えてきていると思います、体感値ですが。

稲継   先ほどおっしゃった「研修に対する信頼感が徐々に増してきている」ということですね。

丹上   そうですね、はい。

稲継   ほかの自治体では一般的に、今の財政難でどんどん研修を切り捨てていくという傾向が見られるようですが、西宮市の場合はむしろ逆で、予算の面は別にして、より研修に力を入れていて、人材育成に力を注ごうという姿勢が見て取れるんですが、その辺はいかがですか?

丹上   理由は二つあると思います。一つ目は、組織の中で「人」を大切にするという考え方や、人材育成を含めた人事的な課題があることを人事部全体の共通認識として共有できていることです。団塊の世代の退職と採用で、ここ10年で市役所の約40%の職員が入れ替わっています。西宮市では、阪神大震災も避けて通れない大きな出来事ですが、震災以降に採用された職員も、現在の職員全体の50%を超えていて、技術、知識、知恵、経験などを次世代に引き継ぐことができているのか、という話題を耳にします。私自身も震災以降の採用職員ですが、市民にとって18年前の忘れがたい記憶である震災について、職員として寄り添うことができるのか、と自問自答することがあります。そのような組織の状況下で、人事課に在籍していたキャリアを活かせる職場で、技術や知恵を継承できる仕組みをつくったり、新しい人材を育てる理念をつくったりしないといけないなと考えています。目先の現状維持だけでは、行財政改革で人も予算も減るという状態が続いて、行政運営に必要な組織力を保つことはできないぞ、と思っています。現在の人事課も人事施策として理解してくれているので、人を育てる、組織として人どうしの連携を強めていくという課題は、重要視しているなと。幹部からメンバーまで部全体での意思疎通があり、メンバー、予算、仕組みつくりのバックアップ体制・信頼感があると感じます。日常業務はお互い多忙でコミュニケーションの時間が十分とは言えませんが、ビジョンや目標を共有できており、人事部自体が「風通しのいい組織」のモデルケースだと言えると思います。


取材の様子

 二つ目に、これは私自身の考え方で、先ほどの「信頼感」の話にもつながるんですが、人事施策にしても研修にしても、コストをかけなくても工夫次第でできることがたくさんあるぞ、と思っています。研修と人事を兼務されている方などは、非常に多忙な環境であることは理解できます。例えば、OJT、メンター、ステップアップ研修、国内先進事例研修といった研修の内容自体は特に斬新なものではなく、似た研修はどの役所でもやっているんです。問題は味つけのところで、研修担当者がどれほど想いをぶち込んでいるのか。すぐに着手できなくても、毎年少しずつ良くなるように修正したらいいと思うんです。厳しい言い方かもしれませんが、研修担当者が諦めたら、人材の成長もそこまでじゃないかなと思います。国内先進事例研修も昔と比べて運営方法がずいぶん変わりましたし。確か、数ヶ月という長期スパンの政策課題研修をやり始めたのは、平成13年ぐらいです。

小郷   平成13年ですね。

丹上   うちの課長が初代のメンバーで。

小郷   初代です(笑)。

丹上   当時、ご苦労された話なども聞いているのですが、毎年毎年気づいたことを修正して今の状態から少しでもよくなるようにすればいい、というのが研修や人事の仕事のキモだと思うんです。人事・研修業務は「その時のベスト」の答えはあっても、「普遍的な絶対回答」なんて、滅多にないじゃないですか。

稲継   なるほど。

丹上   だから、研修厚生課で私がやってきたことも、今のメンバーが少しずつ変えてくれています。メンバーの仕事を見ていて「僕やったらこうするのにな」と思って寂しい気持ちもある反面、どんどん新しいことをやってくれるのがとても嬉しくて、毎年少しずつよくなったらいいなと思っているんです。
 先のコストと工夫の例ですが、以前に「長期研修参加者のレポートを庁内LANにアップしてみては?」という提案を受けたことがありました。研修受講者の努力に報いたい、研修効果を職場で共有したいという趣旨は大いに面白いなと思いつつも「全庁向け公開となると多くの人の目に触れますから、レポート内容をチェックしたり、庁外への流出も含めて情報管理する必要があったり、案外手間がかかるでしょうね。ところで、レポートを庁内LANに上げて周知することって、組織にとって研修の最大目的でしょうか?ひょっとして研修やらされ感につながりませんかね?」「成果を共有したいならば、こういう策はどうですか。研修から帰ってきたら、課長が『研修、お疲れ。昨日、どうやった?』と立ち話でいいから5分だけでも受講生と話をして、ほかの係の人が一緒に会話に絡むとか、そういう職場内伝達環境を意図的に作ったほうが研修効果が拡がると思いませんか。『アップしたのでレポートを読め』と上から目線でやるよりも、お金もかかれへん、手間もかかれへん、課内のコミュニケーションにも繋がる、受講生も『話を聞いてくれた、行って良かった』と思えて研修の効果も最後にキュッと上がる、ということで、こっちの仕掛けの方が面白そうやと思いませんか?」という話をしました。業務・施策って、ちょっとした味つけ次第で、いくらでも良くなるんです。小さいことかもしれませんが、各自がそういう細部にこだわりを持って仕事をしているところは、現在の西宮市研修厚生課メンバーが力を入れているところかな、と思います。

稲継   なるほどね。今のお話の中で、ある研修が始まったら金科玉条のようにずっとかたくなに守るのではなくて、毎年少しずつ工夫して、リバイズしていけばいいということですが、全国的に見るとどこの自治体でも、いったん研修を始めると、前年度との継続性といったことをかたくなに守って、時代がどんどん変化しているにもかかわらず、ずっと10年も、場合によっては20年も同じ研修を続けているところがあるんです。

丹上   はい、はい。

稲継   私自身は、今、丹上さんがおっしゃったように、時代に合わせて、ニーズに合わせて、あるいはその研修効果に合わせてどんどんリバイズしていくべきだと思っているんです。他方、研修担当者の中には、なかなかそれを上司に説得できないで、非常にじくじたる思いをしている人もいらっしゃると思うんですけど。

丹上   そうですね。

稲継   その辺、全国の皆さんにアドバイスはありますか?

丹上   これもバランスだと思うんですけど、教育というものは一定期間続けないと効果が出ませんから、単に過去を全否定するのではなく継続性の大事さは踏まえなければなりません。上司を説得できない理由の一つに、説得する側に具体的な情報、説得材料が少ないことがあると思うんです。自戒の意味もこめて言いますが、熱心な担当者ほど視野が狭くなり、ともすれば自分の熱意だけで走ってしまう時があるじゃないですか。
 人事で机に貼り付いて残業しているときに、先輩から「机から離れて現場に行け」と盛んに言われました。「現場実務では清濁飲み込んで判断している、現場は現場の苦労がある。人事だけが分かってへん」みたいなことで揉めていることがある。当局が一生懸命考えた筋も大事だが、現場を自分自身で見聞きしないと、「やっぱり聞いてもらえてない」と人事に対して愛想を尽かされるし、こちらも現場を信じて仕事を頼んだり、新しく変えたりすることができないぞ、と。研修担当者も皆忙しいと思うのですが、どんどん自分で時間を作って、現場の空気を吸いに行って、情報や説得材料を自分の手で集めてほしいと思います。現場の視線は厳しいですが、楽しいですよ。
 例えば私は、管理職研修が済んだ次の週、管理職の方のところへ用事を作って出かけて「研修どうでした?」と話を聞きに行ったりします。すると、アンケートに書いていない「実際、あの先生な......」とか、「思っていたより良かった」とか、「研修ではこういうことをしたらいい」とか、生の声がたくさん聞けるんです。もし5人に聞きに行くとしたら、3人は「研修厚生課は頑張っているね」と言ってくれる人で、あと2人は難しいことを言いそうな人のところへ行くんです。

稲継   なるほど(笑)。

丹上   その一番難しい人をどうやって攻略するか、次にもうちょっと研修をおもしろくする改善の種がきっとそこにあると思うんです。でも、研修に対して厳しいご意見ばかり聞いていると、担当もへこんでやる気がなくなってしまうので、褒めてくれそうな人を多めに、評判を聞きに行くようにしているんです(笑)。

稲継   なるほどね(笑)。

丹上   これは研修担当にとってちょっとした遊びかもしれませんが、95%の地味な努力と5%の遊び心が、新しい、おもしろい発見につながるのではないかなと思います。

稲継   なるほど。研修に対する熱い思いを丹上さんからお聞きしてきたわけですが、若手の皆さんから見たら、丹上さんとはどういう人なのか、一言ずつ教えてもらえたらなと思います。

丹上   頼りない、ミスが多い(笑)。

稲継   榊原さん、どうですか?

榊原   研修を担当されて一番長いということもあると思うんですが、研修にかける情熱や確固たる思いが、とても強い方だなと思います。

稲継   空中さん、どうですか?

空中   私はステップアップ研修で丹上の後を引き継いでやっているんですが、非常に緻密で計算されているなと感じました。それも、先ほど榊原が申しあげたとおりですが、もともと熱い気持ちがあるからこそ、そういったところに落としどころをうまくつけて、やっているなと感じました。

稲継   なるほど。藤井さん、どうですか?

藤井   まず、熱い気持ちも持っているんですが、担当がやりやすいように、「好きなようにやったらいいよ」と後ろで見守ってくれる上司です。それがすごくやりやすいです。かといって、何もかも詳しいので、何かあれば適宜アドバイスをしてくれますし、とてもやりやすい環境をつくってくださっています。

稲継   なるほど。若い方からは褒める言葉ばかりですね。

一同   (笑)。

稲継   上司の課長から見て、いかがでしょうか?

小郷   そうですね。丹上は、業務的にはいろいろな過渡期も踏まえて今の体制を作り上げていると思います。うちの係はみんな30代前半ばかりで、ちょうど伸び盛りで、入庁二つ目ぐらいの職場なんですが、彼らのやろうという意欲をうまく引き出しているのかなと思います。前はこうですと言うと、時代も変わっているのにと思われることがあるんですが、人事での経験もありますから、任せるところは後輩に任せていると思います。

稲継   なるほど。先ほどの丹上さんのお話の中にありましたけど、自分としてはこう思うけど、若い人が変えようと言っているんだから、それははんこを押す、というところがあるんでしょうね。

小郷   そうですね。我々も過去にそのように育ててもらった上司もおりました。絶対に行ってはいけないところは、「だめ」と言うでしょうが、方向や角度が多少ずれたぐらいで結果にぶれはあまりないな、と思うことはほぼ任せてやらせています。

稲継   なるほど。はい、ありがとうございます。丹上さん、若い人から非常に受けがいいんですけど(笑)。今までの丹上さんの職歴や歩んできたところから、今の研修に対する情熱も生まれてきていると思うんです。ここで、丹上さんが入庁されてから、どういう職場を歩んでこられたか、簡単にご説明いただきたいと思います。入庁されたのは何年ですか?

丹上   平成9年4月です。

稲継   最初はどういうお仕事をされていたんですか?

丹上   選挙管理委員会を4年務めました。この1年目にいろいろ考えました。

稲継   平成9年?

丹上   はい、その年は西宮市では選挙が何もなかったんです。選挙がないのに選管に新人配属。だから「今年1年は何の仕事をすればいいんだろう」と思っていました。当時はまだ震災復興の真っ最中で、市庁舎にも被害があったため、庁舎前の公園にプレハブ庁舎がたくさん建っており、プレハブが縮小するたびに事務所の引越しをしました。あと、全庁横断的な震災復興プロジェクトチーム業務がありましたので、上司の計らいで震災の義援金や貸付相談に参加させてもらいました。お金や利権が絡む仕事なので、怒鳴ったり、難しいことを言ってくる人の応対もしました。プロジェクトは寄り合い所帯ですから、様々な部署・役職の職員と知り合いになれたことも良い経験でした。そんな1年目の年末、同期の忘年会で、実際に現場に出ている職員たちは1年間の経験で大きく成長しており、経験不足の自分に大変な危機感を抱いたことを覚えています。
 選挙運営業務では、職務に対する責任感が特に身につきました。当時は、判断も含めてかなり担当に任せてもらえました。例えば、期日前投票でクレームが発生したとき、基本的に現場にいる職員は自分ひとりです。「助けて」と後ろを向いても、上司が会議に出ていたりして。「『私が市長代理です』とか『責任者は私です』と言って応対しなさい」という、接遇研修事例のような事態がたびたび発生しましたから、初めて聞くクレームを自分の持っている知識だけで一人で対応しなければいけない場面を経験できました。そんな環境で、業務への当事者意識や覚悟がかなり芽生えたと思っています。
 あと、選挙業務はオール西宮体制の仕事ですから「自分一人でできることは小さく、皆の力を借りてこその選挙運営。チームワーク、謙虚な姿勢、感謝の心を持たないと良い仕事はできない」ということを体感しました。

稲継   なるほど。

丹上   はい。

稲継   その次は、どういう職場に行かれたんですか?

丹上   次は市長室の国際交流課、今は組織再編で秘書課の一つの係になっているんですが、姉妹都市との交流や市在住の外国人住民の課題など、いわゆる多文化共生分野を取り扱う業務担当になりました。
 国際交流課では、市全体への影響を配慮してバランス感覚のある判断が求められたり、予算業務を全て担当させてもらったり、という経験が良かったです。また、組織を超えての連携・調整が不可欠な業務がほとんどでしたので、「風通しのよい職場」という「健康な組織」については、相当意識していました。

稲継   なるほどね。その次に人事課ですか?

丹上   はい。人事課ですね。

稲継   人事課ではどういうお仕事を担当しておられましたか?

丹上   人事課は、服務、労働安全、給与、組合以外の仕事はほとんどやりました。採用、退職、再任用、異動、人事評価、臨職、社会保険などです。嘱託職員の労務管理は担当したことはありませんけど、とにかく何でも幅広くやらせてもらいました。しんどい時期でしたけど、勉強になりました。

稲継   そうですか。人事はどこの市でも保守的な部署であることが多いんですが。

丹上   そうですね。

稲継   西宮市の場合はどうですか?

丹上   西宮市は、震災対応で「前例のない事態にいろいろ対処してきた」という組織の経験があるからかなと思うのですが「保守的な役所から一歩踏み出さないと」という空気があったように思います。新しいことにチャレンジしつつ「骨は拾ってやるから、やってみろ」みたいな上司に見守られていました。
 他にも、業務が多忙で残業が1,000時間を超えたときは、能力・体力ともに自分の限界かなと思ったりもしたのですが、そのときの上司が付き添って話を聞いてくれたり、仕事が山積みなのに晩の10時になったらパソコンを突然閉じて「さあ、今から飲みに行くぞ」と言って「仕事が......」と嫌がる私を無理に飲みに連れていってくれたり。そういうガス抜きやケアなどは、今考えるととても助かりました。具体的に何か手伝ってくれるわけではないのですが、人とつながっている、見守られているというのは、とても安心できるなと感じました。それは、上司と部下の関係だけでなく、人事と現場の関係もきっとそうに違いないと思います。「開かれた人事」というか、「現場に信頼される人事課の仕事でありたい」とずっと考えながら過ごしてきた5年間かなと思います。

稲継   5年間人事課におられて、研修厚生課に移られたんですね。

丹上   そうですね、はい。

稲継   異動の内示を受けたとき、どういうふうに感じられましたか?

丹上   自分のキャリアバランスでは、人事の次は一般部署だろうと思っていました。西宮市の人事記録を見たら、ここ数十年、人事から研修に異動した人はいなかったので驚きました。引き続き人事部で研修担当になったので、採用も異動も担当して組織内部を知っている自分らしい研修の仕事をやってやろう、と。

稲継   なるほど。

丹上   西宮市は人事課とか職員課という部署と、研修を担当している課が別になっているのです。実際に事務室も地理的にも離れているので、研修厚生課には人事の情報がなかなか入ってこないのです。人事課という部署は、人を信頼して組織の仕事をしているはずなのに、清濁の「濁」の情報が多い。そして「濁」の部分と真剣に向き合うほど、人事課職員の心はすさんで、疲弊します。私も異動して3年ほどは、心情的にすさんでいた割合が高かったように思います。

稲継   はい、ええ(笑)。

丹上   大らかな人間性を獲得するまで時間はかかりましたが、「研修担当は、組織の構成員を前向きに成長させ、明るい未来へ人を引っ張っていく仕事」という自分なりの答えにたどり着きました。それは研修担当としての覚悟というか、当事者意識かなと思います。だから人の「濁」の部分も知った上で、研修で明るいところへ引っぱっていくというのはなかなかできることではないぞ、と思って、その前例になろうと考えました。後任の人たちにとって、その人たちが「自分らしい仕事を達成するためにはあのラインは超えないと」と思えるレベルの仕事をしたいと思っています。今の研修厚生課のメンバーたちは、各々が何らかの形で私を乗り越えてくれているので、楽しいなと思っています。

稲継   非常に前向きなお話をずっとお伺いしてきました。このメルマガは、全国の市町村職員、県レベルの職員の方もたくさん読んでおられますが、それぞれのところでいろいろな改革のうねりを興したいと思っている人はいるんですが、なかなか一歩を踏み出せないということでじくじたる思いの人もたくさんいらっしゃると思います。そういう人たちに最後、何かメッセージをお願いできればと思います。

丹上   まず、人は信じるものです。組織にはいろんな人がいますが、何ひとつ役立たない人はいないと思います。その人を信じて活かすつもりがあるかないか、研修というよりは人事の話ですね。使う方法を探すことが管理職の仕事だと思いますし、その人の不得意な要素を伸ばしてあげる。「伸ばしてあげる」というのはおこがましいですが。職員に対しても市民に対しても、「人の役に立つ仕事、人を幸せにする仕事」が公務であるとしたら、人事という仕事は「人の魅力、人の能力、人の活力」を引き出す仕事だと思います。それは、一回できれいな答えが出たり、絶対の正解が簡単に見つかったりするわけがないと思うんです。組織の文化、その土地の文化、その時のメンバーによって答えが全然異なるので、諦めず毎年毎回チャレンジして、ダメだったら何度でも修正したらいいと思うんです。「人」に関する問いに、絶対普遍の正解はないと思います。今、一番納得できるものを毎年探したらええんやと思います。たとえ失敗しても、無駄な経験なんて全然なくて、その経験を生かすか生かさないかということだけです。だから勇気と責任感を持って、どんどん一歩を踏み出し、何でも経験したらいいと思います。その中で、自分が磨かれ、独自の味つけ方法というか、自分らしい仕事のやり方が見つかるのだと思います。

画像:西宮市役所
西宮市役所

 例えば、組織が保守的とか、トップの説得が大変というのは、何かを新しく発見するチャンスだと思うんです。思考停止した前例踏襲の仕事って楽かもしれませんけど、「自分がこの仕事の担当だ!」っていう楽しさやプライドが感じにくいじゃないですか。じゃあ、私が何とかしてやろうと考えるわけですよ。一度で説得できなくても、北へ向かって進んでいたのを、ちょっと北北西ぐらいに動かしました、でも構わないんです。どんな小さな課題でもチャレンジしがいがあるものだと前向きに考えて「どういう方法があるかな」「次はどんな風にしようかな」と、毎回真剣に取り組んでいたら、毎日楽しいですよ。  

稲継   はい、ありがとうございます。今日は、西宮市の研修厚生課にお邪魔して、丹上さん、皆さんにお話をお伺いしました。どうもありがとうございました。


 このメルマガの読者の中には、研修担当者も数多くおられる。丹上さんの言葉には人材育成・研修に対するヒントがたくさんあふれているように思う。以下、いくつかの発言をピックアップして再掲する。

 とにかく「やらされ感」「変化に対する抵抗感」を排除すること、ある程度は職員の自主性を信じてシステムをつくりすぎないこと、などに気をつけました。つくりすぎは「やらされ感」が出てくるし、緩みすぎると、先ほどの交換日記や星取り表も「こんなん、意味ないやん」となりますが、その丁度いいバランスの見極めに力を入れました。

 「今日は、楽しかったですよ」と言ってもらえただけで「よっしゃっ!勝った!」と。変化の第一歩を踏み出してくれればこっちのものですから。

 研修担当になったからには「なぜこの研修が必要なのか」を組織の中で一番真剣に考え、いかなる逆風の中でも担当自身が「研修に効果がある」と信じ、「自分がこの研修に関しては組織で一番です」「この研修を一番売り込めるのは私です」といった覚悟や当事者意識を持ち、研修に参加した人と一緒にワンステージ成長する、そういう姿勢で業務に取り組むべきだと思っています。

 問題は味つけのところで、研修担当者がどれほど想いをぶち込んでいるのか。すぐに着手できなくても、毎年少しずつ良くなるように修正したらいいと思うんです。厳しい言い方かもしれませんが、研修担当者が諦めたら、人材の成長もそこまでじゃないかなと。