メールマガジン

第84回2012.03.28

インタビュー:大津市総務部職員課 主幹 小西 元昭さん(下)

 学生時代にキャンプカウンセラーを始めてからの長年の思いをかなえて、少年自然の家に就職した小西さん。しかし、実際は、大津市役所に採用されて、配属先として強く希望していた教育委員会の中の出先機関である少年自然の家に配属されていたにすぎなかった。当然、一定年数後には異動が巡ってくる。


稲継 小西さんは少年自然の家に就職したつもりだったんですが、役所的にはあり得なくて人事異動がありましたと。次はどこに異動されましたか。

小西 次に異動したのは市長部局の建設部、いわゆる道路の管理や建設の際の用地の買収や管理の仕事に替わりました。

稲継 少年自然の家とは全く違うことに関わることになりましたね。

画像:小西 元昭さん
小西 元昭さん

小西 教育の道から今度は都市基盤の整備という部分で、建設部に異動となり用地買収や管理の仕事を担当するのですが、私は用地に関する知識は全くのゼロでした。

稲継 そうだったんですか。

小西 法律に詳しいわけではなかったのですが、以前から人と話すことは好きでした。ただ、業務内容が前向きな話ならいいんですが、用地買収については、「市が計画した道路が、あなたが住んでいるここにできます。お宅が買収になります。移転してください」という厳しい話を日々することになります。

稲継 そうですね。

小西 3~4年ぐらいで替われると思っていたので、次の職場では税金などの勉強をしようと思い税務部への異動希望を出しましたが、一向に異動することもなく・・・。

稲継 そうですか。結局、どのくらいおられたんですか。

小西 14年弱ほど。

稲継 役所の中では最も嫌がられる仕事の一つですよね。ネゴシエートして、相手がなかなかのんでくれなければ何度も足を運び、頭を下げ、場合によっては土下座もして「売ってください」と。しかも「適正価格でしか買い取れない」と言わざるを得ないという非常に嫌な仕事ですが、14年は長いですね。

小西 そうですね。交渉業務が多く、人によっては長く続くと心が折れてくることもあると思いますが、私はこういう性格ですから、5~6年目あたりから調子が良かったと思います。

稲継 あっ、そうなんですか?

小西 また後輩の育成が非常におもしろくなってきました。後半の7~8年間は毎年新採職員とペアを組んでいたんです。用地買収というのは2人1組で交渉に行きます。ですから、ペアとは年間ずっと一緒に動きます。私は在任期間が長かったので、難案件や過去から懸案となっている事案を持つことが多く、新人さんにはあまり向かない事案でしたが毎年入ってくる新採職員と一緒に日々交渉に出かけていました。私自身、新採職員と組んでよかったと思うことは、やはり忘れがちな初心の気持ちを毎年振り返るように教えてもらえたことですね。
 いろいろありましたが、用地買収の業務が長くなったのは、過去から連続した事案の買収を行ったからだと思います。

稲継 なるほど。

小西 本来、事務的な業務は書面で引継ぎをしていくのですが、交渉業務は相手が変わると難しいこともあり、特に相手が職員を指名されることがありました(笑)。

稲継 「小西じゃないと、俺らは話をせん」と向こうが言ったから、小西さんがそこにずっと張り付けになったということですね。

小西 権利者の方も、新しい担当と一から話すのは面倒だからじゃないですか・・・(笑)。
 やはり4~5年経ってくると用地の知識も蓄積されてきます。大津市はこれまで土地の収用というのは1回もしたことがなかったんですが、土地収用法の適用を2回担当させてもらいました。用地買収を通して様々な個別法も勉強させていただいた非常にいい機会でした。特に権利の世界は非常におもしろく、相続などを追いかけていくと一つの小説を読んでいるようで、新採職員にも「相続はドラマだ」とよく言っていました。

稲継 なるほどね。

小西 日本の歴史上、他国との戦争という大きな出来事があり、その前後の相続を追うと、人間模様において様々なことがあったことを推測できます。昔の方はどんな苦労をされたか、言うに言えない事情があるといったことを感じます。相続などに絡む案件の用地買収を経験すると、本当に深く勉強することができ、自分のためにもなったと思います。
 私自身、新しいことが好きで、複雑に法律が絡む案件は多く経験させていただきました。
 また、いろいろな経験をさせてもらい、中には100回以上通った家もあります。

稲継 100回もですか。

小西 100回通ってもだめでしたので、結果として収用になった土地もあります。
時には、東京や地方へ地権者を捜しにいく探偵みたいな仕事もしました。

稲継 持ち主が誰かわからない?

小西 行方不明や書類で特定できない方もおられまして、住所地に手紙を送っても、何をしても連絡がつかないような人を捜しに行ったこともありますし、怖い方の愛犬とお散歩をしながら交渉をしたこともあります。

稲継 そんなことも(笑)。

小西 そのときは、前後をドイツ製高級車に挟んでいただき、散歩していましたね。

稲継 それはすごい絵図ですね。怖いな(笑)。

小西 はい。たまに、土下座や押し合いへし合いでワイシャツのボタンが飛んだりもしました。
 田んぼの買収などでは、トラクターに乗ったおじいさんと一緒にトラクターに乗りながら交渉をしたりと、面白く貴重な経験でしたね。
 この用地買収と言う業務は、その家の生活をすっかり変えてしまうということにもなります。

稲継 はい、重い事実ですよね。

小西 時には感情的になられ、悲しくなるような言葉をもらうこともたくさんあるんですが、私自身、気持ちの切り替えが上手くできていたのか、ストレスをあまり貯めることはなかったと思っています。ちょっと怖い方が、市役所の前に街宣車を並べて「小西を出せ!」と来られたときもありましたが・・・。その時は大変だなと思うんですが、終わってしまえばけろっとしている、自分でもよい性格だと思いますね。
 権利者によっては買収の時にきつい言葉をおっしゃる方もおられましたが、終わって新しい家を建てられて、生活が安定した後に訪問すると、「君には、きついことを言ったし、決してよかったとは言えんけど、新しい家でようやく生活が落ち着いた。まあ、今は幸せに暮らしているよ」と言っていただくこともありました。

稲継 地権者との交渉は難しいですね。

小西 逆に、怖い方というのは、懐に飛び込んでその方に気に入っていただけると大変スムーズなこともあって・・・。
 もう、金額の問題ではないのです。ポンと「わかった」ということで、一言返事をもらう。ただ一つ手順を間違えると、多年にわたるようなトラブルに発展するということで、人というのは初めが大事で、礼儀や接遇などでボタンの掛け違いをしないように進めないといけないということを痛感しました。ちょっとした言葉の間違いが、何時間にも及ぶような謝罪につながったりもします。用地買収をされている職員は、同じような思いをされていると思います。これまでの市役所人生のほとんどを、不動産屋というか用地買収を担当してきました。

画像:「なぎさのテラス」カフェからの眺め
「なぎさのテラス」
カフェからの眺め

稲継 でも、それを長くやられた後に、(株)まちづくり大津の支援業務を担当されました。最初にお話しいただいたような新しい取り組みをされて、2年間で異動された。
 平成22年度からは職員課におられますが、現在はどんな業務を担当されていますか

小西 職員課では研修や組織、人事評価などを担当するグループに所属しています。
 今はいろいろ研修が行われているのですが、やはり職員のモチベーションが大事だと感じます。地方分権が進む中で、地方は経営をしていかないといけないという時代の趨勢になってきている。経営ができる、そして元気な職員を養成していくということで、モチベーションコントロールがキーだと私は思っています。ダニエル・ピンクという方が書かれた『モチベーション3.0』という本では、高度経済成長期のように職員を処遇であおるとか、ポストでやりがいを感じさせるようなやり方では、今はもうモチベーションが上がらないのではないかと。
 私は、内発的な動機を刺激していく仕掛けが非常に大事だと思っていて、この半年間はいろんな書籍を読み、職員のモチベーションを上げるにはどうしたらいいか、そういった仕掛けが組織風土としてつくれないか、そこへ切り込むには人事制度もしかり、組織体制の仕組み、自学や自己研鑽をどういった形で進めるかなど、内発的動機を生み出すためこれらをどうつくり上げるかということが今の私のテーマなんです。稲継先生の研修会や著書でも書かれている「自学」は非常に大事な部分で、公務員は常に広い意味の学習をしておかないと一番「社会ずれ」を起こしやすい職種かなと思います。

稲継 「社会ずれ」を起こしやすい? それはどういう意味でしょうか。

小西 「社会ずれ」というのは私が勝手に言っている造語で、今社会では、これが流行っている、こんな問題がある、こういうことが求めているといった社会情勢を敏感に感じていないと駄目だと思うのです。よくあることが公務職場で考えたものや制度が、できあがってしまうと異なっている。ずれていると言うことです。簡単に言えば、すごく立派な施設を造ったが、利用者が少ないといったケースです。制度でも同じです。

稲継 なるほど。

画像:琵琶湖遊覧船「ミシガン」
琵琶湖遊覧船「ミシガン」

小西 何にもない芝生だけの公園でも、利用者は多い。民間的な発想になってしまいますが、エンドユーザーが何を求めているかが大事だと思うのです。求めているものをつくらなければいけません。

稲継 なるほど。

小西 それは勝手な自己満足になってしまい、社会ずれ、少し感覚がずれているんです。往々にして社会のニーズとずれが起こるのは、あると思います。
 私たち公務職場の職員は、企業や業者とのお付き合いの部分で身を引き締めておかなければいけません。しかし他業種等との交流をしないと、民間の空気や社会の方向などが見えてこないんです。

稲継 見えてこないでしょうね。

小西 20代半ばに、当時の企画部長宛てに「民間へ出向させてください」と作文を書きました。「民間へ行き、民間のノウハウや民間が感じていることを学びたい」と書いたのですが、「小西、おまえ、ええことを思ってる。ただ、今はまだこういうことを言うやつはいないから、ちょっと早いよ」と言われたんです。じゃあ、何をすべきかと思ったときに、行政学の権威で東京大学名誉教授の大森彌先生とつながりを持てる機会があり、市民に一番近い自治体職員、市民から見た最先端で働く私たちは「今、何を感じればよいか」ということについて、大森先生にご教授いただく少人数の勉強会を企画して参加しました。そのとき、最先端行政という市民に一番近い行政職員は市役所職員で、市民と気持ちがずれていたらだめだ、社会ずれを防がないといけないと思いました。これはどこで言われた言葉でもなく、その時から「社会ずれ」と言い出したのかもしれません。

稲継 なるほどね。

小西 職員課は、本来、私みたいなタイプは一番縁遠いですよね。

稲継 そうですね(笑)。もっと堅い、内向きの人が集まるイメージが結構ありますね。

小西 本流なタイプの人ではなく、私のような「えっ? あいつ、辞めて、民間へ行ったんじゃないの?」と周りから話が出るような職員が職員課に異動し、モチベーションで真面目な話を淡々とする。もともとは少年自然の家でしたので、まさか私も職員課に行くとは思ってなかったんですが。

稲継 でも、その少年自然の家で子どもたちを育てることと、モチベーションをアップして職員を育てること。そういう意味ではかなり共通項があるような、人を育てるのが好きなイメージを持つんですが、いかがですか。

小西 そうですね。本来そこに楽しみというか、自分のモチベーションを上げるキーがあるのかもしれません。だから、いまだにボランティア団体の運営を支援しているんだと思います。特に40歳という私たちぐらいの年齢になっている人は、17~22歳ぐらいの学生たちと真剣にいろいろなことをしゃべる機会ってないと思うんです。

稲継 ないですね。

小西 私は、ボランティア団体の相談に乗ったり支援をしたりと、努めてやるようにしています。多いときは月に何回かその団体の学生たちと会います。私たちにしてみたら、たわいのないことも、高校生や大学生たちには、事件なんです。真剣に悩んでいる姿を見ると、あっ、これがピュアな気持ちなんだなと思い出すように感じ、気づかされていると思うのです。その子たちとの出会いで、私が話す言葉がまた変わるんだろうなと感じます。

稲継 なるほどね。今は、大津市の職員育成だけではなく、幅広く滋賀県内の市町の人たちと一緒に研修会をやっておられると聞きましたが、その辺を教えてもらえますか。

小西 職員課に来て最初に思ったのは、職員の育成について「うちの職場は元気がない」ということです。実際には大津市の職員だけが元気がないのではなく、全国的に一緒だろうと思ったんです。そうなると、同じ滋賀県内の市町の人事課又は職員課の方々はどう考えているのか。そういう方々と同じ悩みを持った職員同士が集まってワーキンググループをつくって、次の新しい研修方式や直面する問題を、今後どのように解決し、処理していくかを話し合っていきたいと考え、平成22年度に全6回のワーキンググループ会議を立ち上げました。言い出した私が座長をさせていただき、他の市町からは人事や研修のプロが集まってきます。大津市は県下で大きいので、研修を担当する職員だけでも私以外に2人いるんですが、実は私が一番素人だったんです。素人の私が座長としての挨拶で、「民間活力」とか「経営」という話ばかりして、皆さん「変わり者が座長になったな」と思ったようです。

稲継 そうですか(笑)。

画像:大津市役所
大津市役所

小西 このワーキンググループでは「今までの本流のやつじゃない、ちょっと違うことを言っている」ということで、皆さん、初めはぽかんとしていたんですが、メンバーが仲良くなるための懇親会も含め6回のワーキンググループ会議を経て、職員を育成する、また自学を進める、その先には今後の分権時代に都市経営ができる職員をどういう形で育てるかという部分をしっかりと話し合い、平成22年度に、滋賀県下の職員が集う市町村職員研修センターの研修計画案をまとめることができました。
 それに加えて、大津市は都市規模が大きいので、現在、大津市職員用の独自プログラムを練り直しています。最終的に平成25年度をめどに抜本的な人事制度の改造をしようと、現在課内においてワーキンググループを立ち上げ検討しています。人事制度というと、豊田市がやっている「トータル人事システム」や神奈川県がやっている「キャリア開発支援センター」などがありますが、私自身何の知識もなく職員課という課へ来て「民間と違うな」ということが発想の原点です。現在、トータルな人事制度となる新人事制度を構築中で、昇任、昇格、給与体系もそうですし、自分のキャリアデザインを描いた場合、どういった年齢層の職員にどのような研修や自学をする仕組みを組み込むのかということを検討しているところです。

稲継 なるほど。どこの職場に行っても、がむしゃらですね。お話をお聞きして、すごくエネルギーをもらっているように感じますね。

小西 今は、人事制度に興味があります。私の上司から「1カ月に給料の1割は本を買え」と以前その方の上司が言われたという話を聞き、それも一理あるのかと思ったので、今年の春頃から仕事が終わってから夜中の2時ぐらいまで、書店があるカフェに行き、いろんな本を読んでいることもあります。そこはコーヒーを飲みながら本が選べ、そこで経営や人事戦略など自分の好きな本を手にとって見ています。

稲継 なるほど。

小西 10年かけて人事制度をつくられた方の話も聞くんですが、私はそこを短期間で吸収しないといけないので、仲間と集い先人の話も聞きますし、興味のある研修には行きます。JIAMの研修はそういったことで大変参考になっています。それだけこの業務は急務なんだと感じています。
 いま人事制度にメスを入れない限り組織が駄目になると思います。民間企業は、20年、30年、40年とキャッシュフローを整備する中で人事施策の変革は必要不可欠な作業としてやってきています。
 今頃やっているのは恥ずかしい話で、本来はもう完成して運用していないといけないものを、追いかけながらつくっている。今やらないと次世代の自治体経営は成り立たないので、がむしゃらに取り組んでいるところです。

稲継 なるほど。ありがとうございました。今日は小西さんからいろいろな話を伺いました。このメルマガは、たくさんの全国の市町村職員が読んでくださっています。その中には、小西さんのように一歩を踏み出したいけどなかなか踏み出せなくて縮こまっている人もいると思います。その人たちに勇気を与える意味で何かメッセージを頂けたらと思います。

小西 少年自然の家では、自然体験学習を行う子どもたちに「困難に打ち勝つ強い精神力」を持つようにとよく言っていました。何か困難に当たったときに、それを大変だと感じるのではなく、同じ思いの仲間とどうすればクリアできるのかということです。同じ気持ち同じ目標を持っている仲間を探すんです。
 私は、仲の良い方に企業経営をされている友人が多いので、そういった方によく相談します。そのネットワークで、様々なことを教えてもらっていると感じます。
 私自身本音を言いますと、何事も「遊び」的な感覚で、問題やしたいことの周辺に関係する仕事を遊びとつなげ、自分が体験し、その中からヒントを得て思いついたことを発しているような感じです。仲間の存在というのは大変大きく、その仲間と「遊ぶ」ように問題を解決したり、企画や計画したりしているんだなと感じています。

稲継 今日はどうもありがとうございました。大津市総務部職員課の小西さんにお話を伺いました。ありがとうございました。

小西 ありがとうございました。


 用地に関する知識がゼロの状態から用地買収のプロになっていった小西さん。徐々に、後輩の育成が面白くなってきたという。新採職員と組んで仕事をすることによって忘れがちな初心を振り返る機会も与えられた。
 用地買収は大変な仕事である。小西さん自身、用地買収のために100回通い続けた家もある。土地収用も2回経験した。その筋の方と交渉せざるを得なかったこともあるという。
 この用地買収で長年培ってきた粘り強さが、なぎさのテラスの突貫作業をするときに生かされたのかも知れない。
 今は、職員課で研修や組織、人事評価を担当しておられる。まちづくりから人づくりへ。対象はかわったものの、小西さんの意欲がとどまることはない。いま人事制度にメスを入れない限り組織はダメになるという。今後の小西さんの活躍に期待したい。