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第54回2009.09.24

インタビュー:矢巾町役場上下水道課 吉岡 律司さん(下)

 事務職員として役場にはいったものの、水道事業関係の仕事が長くなった吉岡さん。その間に、附帯事業である検針票裏面の広告をはじめたり、水道事業体系全体の業務棚卸をしたり、近隣の6市町村で勉強会を開いて会計規程の統一フォーマットをつくったりと、次々に仕掛けをしていく。勉強会には、大都市や、遠くは長野県からの参加者もいるという。小さな町のしかけた勉強会が全国的に波及している。


稲継 上下水道課の職員は全部で何人ですか?

吉岡 全部で10人です。

稲継 10人のうち、吉岡さんにさまざまなことが降りかかってきたということになるんですかね。他の方は結構異動されたりは?

吉岡 決して、私ひとりに降りかかってきているというわけではありません。人事異動もありますが、すぐにうちの職員は、水道に来て意識が開花するというか、ちゃんと変化するというか。みんなやる気があるので、どん欲に勉強して、決して私1人が背負っているということではないです。だから、孤独感もないですし、みんなが協力してやっていっているので、非常に心強いです。
 実は、私たちは、勉強会を庁内でもやっていまして、そこにも上下水道課の職員が多数参加しています。

稲継 勉強会とは、岩手紫波地区水道事業協議会での勉強会とはまた別の勉強会ですか?

吉岡 はい。庁内だけの自主研究で、「まちづくり研究会」というのをやっています。そこにもいろいろな先生に来ていただいて研究したり、さまざまな専門分野の人たちが集まっているので、自分の得意分野をみんなにレクチャーしながら職員のレベルを高めようと活動しています。水道の職員はそういうところにも参加してますし、勉強会や研修会にもかなり出ているので、さまざまな視点から物事を見られるんです。
 ですから、私がやっていることがすべてではなくて、職員それぞれが自分の得意なところから同じような目標に向かって違う切り口で取り組むので、幅がどんどん広がっていくんですね。そういう面白さっていうのを最近すごく感じています。

稲継 その勉強会も、吉岡さんは、事務局的なことをやっておられるわけですね。

吉岡 そうですね。

稲継 何かすごく勉強熱心な方というイメージがあるんですけれど、お伺いするところによると、大学院の方にも行っておられたということなんですが。その辺のところをちょっと聞かせていただけますか?

吉岡 大学院に行こうと思ったきっかけは、広域の自主研究グループにも参加したときにお世話になった岩手県立大学の先生方にかなり影響を受けまして、自治体政策に関して専門的に研究してみたくなったからです。そこで、岩手県立大学の大学院に行くことにしました。

稲継 それは2年間?前期博士課程ですね。

吉岡 そうです。

稲継 それに行かれた時は、仕事を完全に休んで行かれたわけじゃないんですよね。仕事をしながらということですか?

吉岡 仕事をしながらの通学でした。

稲継 具体的にはどういう通学体系になるんでしょうか?

吉岡 岩手県立大学の大学院は昼の講義も取れますし、夜も社会人向けに開講しているので、どちらも受講することが出来るようになっています。
 昼の講義を受講する時は休暇を取って通学です。夜の場合は、19時頃から22時までの講義や研究指導になりますが、そちらは、仕事が終わってからの通学です。毎日、その繰返しでした。

稲継 じゃあ、完全に働きながら、どうしても昼出たい時は有給休暇を取ってという形の通学を2年間続けられたんですね。

吉岡 そうですね。

稲継 私も役所に勤めながら大学に行った経験がありますが、私の場合は少し仕事を免除してもらったこともあって、何とか持ちこたえられたんですが、今お聞きしているような通学の形だと、本当にしんどかったんじゃないですか、その2年間というのは。

吉岡 本当に大変でした。でも、2年間通学できたのは、自分だけで出来たわけではなくて、上司の理解だとか同僚の理解、そして家族の協力があったからです。それまで残業してこなしていた仕事を急に残業しないで帰るわけですから、とにかくみんなにカバーしてもらった部分がすごくあって感謝しています。本当に申し訳なかったのですが、みんなに迷惑をかけるついでに、取れる単位は全部取ってやろうと、可能な限りいろいろな科目を取りました。結局、取ると自分の首を絞めるはめになるのですが(笑)...。

稲継 レポートも出さなければならないしね(笑)。

吉岡 そうなんです(笑)。本当に寝る時間がなかったですね。それでも講義がある時の方がまた良かった感じがします。いよいよ修士論文の執筆に入ってからは、もっと過酷になってですね。本当にいつ倒れるんだろうかと思うくらい疲れましたね。

画像:吉岡 律司さん
吉岡 律司さん

稲継 そうですか。何とか修士論文を書き上げられたわけですね。

吉岡 ぎりぎりの提出でしたけれど。焦れば焦るほど考えがまとまらなくて大変でした(笑)。

稲継 それを終えられたのが、平成20(2008)年3月ということですね。それからは、また前と同じように残業の毎日が続くわけですよね。

吉岡 でも、そんなに残業をしているわけでもないですよ。ただ、今度は、そこで研究してきた成果を実務にいかにフィードバックしていくのかとか、逆にそこで得られたパイプを使って、先生方からのいろいろなアドバイスをしていただく橋渡し役を私がしていますね。
さらに、仕事の精度を高くしていったりだとか、住民のためには何が一番良いのだろうかという仕組みづくりを心がけています。

稲継 具体的には、例えば、今新しく始められた事業とかいうのにはどういうものがあるのでしょうか?

吉岡 私は、大学院に行ってから、さらに住民参加が重要だと考えるようになりました。そこで地域水道ビジョンという計画づくりを住民参加でやろうと思ったんですね。
 なぜかというと、水道って、水や空気っていうのはあって当たり前のものです。そういう当たり前すぎる環境が整っているために、住民の普段に意識からは全くなくなっているんですよ。普通、まちづくりでやる住民参加だと、意識ある方が参加してくれるじゃないですか。意識あるから住民参加してくれるんですよね。意識ない人たちをどうやって参加させるんだろうってすごい悩んで...。

稲継 難しいですね。

吉岡 やっぱり大学院で研究したことっていうのは、すごく役に立ってます。
 さまざまな単位を取ったりしたものですから、いろいろな分野からの視点で物事を考えましたね。うちの住民参加のポイントは、普段は水道に関して意識ない住民を集めるためにはどうすれば良いのか、サイレントマジョリティ(発言しない多数派)の意見をどうやって反映させたら良いんだろうかということでした。
意識ない人たちの意見というのはですね、水道の場合、即時的なニーズとして、多分主流を占める意見だと思うんですよ。なので、その人たちの意見を大切にしながら少し意識のある方々を交えて、どんなふうにやっていったら良いのかなと。すごく工夫しましたね。

稲継 よく、住民参加というのはノイジーマイノリティ(発言する少数派)が手を挙げて、公募でも応募して来られて、その人たちが割と引っ張っていくか、あるいは見方によったら引っ掻き回す場合もあるし、見方によったら、役所と対立する場合もあるんですけれども。
 実は本当に重要なのはサイレントマジョリティの人たちの意見であって。でも、彼らは意見を発しない。その意見をどうやって汲み上げるかっていうのは、すごく大変なところなんですよね。

吉岡 そうなんです。本当に工夫が必要なところですね。

稲継 具体的にはどういうふうに取り組んでおられます?

吉岡 市民参加に取り組んでいる事例を見ると、その手法を体系だった1つのシステムという形で捉えて活動しているところもあります。でも、それは関心のある方が対象の仕組みなんですね。
 私たちが相手にするのは、関心のない多数の方々なんですよ。なので、まず、さまざまな仕組みを重層的に採用することで、住民参加の手法の欠点を補うような形で、つくり上げています。それはここでいう「矢巾町水道事業における重層的な住民参加」というところなんですけれども、1番最初はですね、すべての人を完全に対象にするためにパブリックコメント手続をすることです。矢巾町の水道事業では、水道のパブリックコメント手続に関する要綱があります。なぜ、条例ではなく要綱なのかと思う方もいらっしゃると思いますが、本当は条例にしたかったんです。だけど、町本体にパブリックコメント条例がないものですから、それに先んじて水道がパブリックコメント条例というのはちょっとどうかなと思ったので、要綱にしたんです。きちんとこうした形で、仕組みを持つことで、誰しもがまず極めて希薄な関係ですけれども、この水道事業に参加する仕組みをまず担保する必要があります。
ある場面ではパブコメをして、都合の悪いときは何もしないというのでは、仕組み自体にゆらぎが生じますので、まず、私どもとしては、きちんとした形でパブリックコメントの手続を持ちますよということを示しています。おそらく、水道事業でパブコメをもっているのは、矢巾町だけだと思います。
 その次が、アウトリーチ手法の活用です。アウトリーチはよく福祉分野で使われる手法です。それを参考にしながら、私たちがショッピングセンターとか駅とかへ出向いていって、項目なしに聞取り調査をやっています。そこへ行って、水道に対する意見とかっていうものをお伺いして、それをカードに書いてもらって、もしくは、私どもが代筆するか-そっちの方が多いんですけれど-それを集めて、その結果を集約していきます。それともう1つ、このアウトリーチ手法で大切なのが、水道事業に深く携わるがゆえに意見を言えないステークホルダー(利害関係者)が、例えば指定工事店の業者さんが、「水道のここが悪い!」とか、なかなか言いづらいわけですよね。

稲継 言いづらいですね。

吉岡 そういった方々にも、意見を匿名で書いていただいています。自分たちを評価するのには、自分たちがどう思われているか、業者さんもいろいろなまちに行って仕事していますから、自分たちのまちをどんなふうに、どこを直せばもっと良くなるかっていうものをアウトリーチ手法を使って、サイレントマジョリティとステークホルダーの意見を集約します。
 アンケート調査をこれから実施するんですけれども、こちらは逆に、それらに基づいて、ある程度項目付けをして、アンケートをして、その細分析をしていきます。
最後に水道サポーターという制度をつくってありまして、これは直接参加になります。公募をして、今年は、今現在11名の応募がありまして、その方々とKJ法を使ってワークショップを展開しながら、それを繰り返しながらまちづくりをしていこうと。今そういうのに取り組んでいる真っ最中です。
 ただ、水道サポーターに関して言うと、みんな、たまたま暇だったから手を挙げてみようかぐらいで、応募してきた人で、特に水道に関心があった人は、1人しかいなかったんですよ。

稲継 そうですか。

画像:水道サポーターワークショップ
水道サポーターワークショップ

吉岡 子どもを連れてきて、お菓子を食べながら、ワイワイガヤガヤやっているんですけれども、毎回、勉強するんですよ。映像資料等を見たりだとか、その資料と同じ項目については、矢巾町だったら、今、どんな感じなのかというのを題材に、ワークショップするんですよ。そうするとですね、水道に対して、変わるんですよ。意識がすごく変わってきて、「そんなのも知らなかった。」とか、「だったら、そんなのおかしいじゃない。」とか言ってですね、どんどんどんどん成長していく。
 だから、ワークショップの質が高まってくるんですね。私が港北ニュータウン(神奈川県横浜市都筑区)のまちづくりをされた先生に教えていただいたのも、結局そういうことなんですよね。いかにデータを蓄積して、そのデータをさらに基にして、どんどんワークショップの質を高めていくかというのを、ひとつひとつの意見を大切にしながらやっていく。だから、サポーターの成長の度合いとともに、段々、計画に近づいていくということになります。

稲継 それは、良いことですよね。

吉岡 ええ。すごく面白いです。だから、ワークショップをやっていることで、職員もサポーターも成長している感じがします。この取組は、水道の雑誌や新聞でも取り上げられているので、知っている人が少しはいますが、先日、水道を所管する厚生労働省の課長さんからも、どんどんやってと声をかけていただきました。

稲継 そうですか。

吉岡 この間の神戸出張のときに、たまたま、厚生労働省の水道課長さんとお話する機会があって、その時、励ましの言葉をかけていただきました。
 今、水道では『水道ビジョン』というものをつくることになっています。この『水道ビジョン』は平成16(2004)年に国がつくって、それを受けて、水道事業者が『地域水道ビジョン』というものをつくることになったんです。国がイメージしていたのが、『アジェンダ21』なんですよ。『アジェンダ』があって、『ローカルアジェンダ』があって、それで環境政策がどんどん広がったのはよく知られていますよね。「水道でもそういうのをやりたいな」というのが、国の本当の考え方だったんですね。
 ところが、地方分権がじゃまをして、「なんで国がつくれっていうんだよ」という意識になっちゃって、いまだ策定率が低いんです。国が思っていることを、自治体がやらされ仕事と受け止めちゃったという点が、とても残念ですね。

稲継 先ほど、少しお話のなかででてきた、港北ニュータウンのアドバイザーというのは、どなたでしたでしょうか?

吉岡 筑波大学名誉教授の川手昭二先生です。

稲継 飛鳥田市政のころですよね。

吉岡 確かそうだったと思います。
 川手先生にはまちづくり研究会の講師で矢巾町に来ていただきました。まちづくりにKJ法をどのように活用したのか、実体験を基にご教示いただいたのですが、ものすごい迫力があって、しかも、その言葉ひとつひとつがとても重く感じて、とても共感しました。矢巾町の住民参加の仕組みもそうなりたいと思いましたね。

稲継 話を少し戻しますが、パブリックコメント、アウトリーチそして水道サポーターというこの重層的な住民参加の形を何とか今やろうとしておられるんですよね。すごくよく考えられた、よく練られた住民参加の手法だと思うんですけれども、これについては、例えば首長さんだとか、あるいは議会の方から、何か意見とかありますでしょうか?

吉岡 直接、議会には出していませんが、首長からは「どんどんやれ」と言われています。昭和52(1977)年だったと思うんですけれども、矢巾町は、日本で初めてコミュニティ条例を策定した町なんですよ。実は、その時の担当者が今の町長なんです。ですから、非常にコミュニティとか住民を大切にされる町長なので、素晴らしいと思います。

稲継 そうですか!じゃあ「どんどんやれ」と。「吉岡どんどんやれ」という感じですか。

吉岡 どんどんやれと応援していただいています。

稲継 そういうことを自由にやらせて下さる首長さんがいらっしゃるということは素晴らしいことですね。

吉岡 私が採用されたときの課長なんですよ。

稲継 そうですか。もう全幅の信頼を吉岡さんに、今の町長は寄せてらっしゃるんですね。

吉岡 いやぁ、信頼かどうかは分かりませんが。以前から町長には、失敗を恐れず、夢を持って仕事をしろと言われています(笑)。

稲継 この重層的な住民参加の仕組みに、今まさに取り組んでおられる最中なわけですけれども、経営マネジメントとしては平成20(2008)年くらいから月次の経営統制とかそういうことを実施されたともお伺いしたんですが、その辺を聞かせていただけますか?

吉岡 これはですね、日本で唯一、矢巾町だけがやっている仕組みで、毎月決算をしているんです。

稲継 毎月しなきゃいけないんですか?

吉岡 はい、毎月する必要があると思います。

稲継 担当者は大変ですね。

吉岡 毎月決算していくというのは、実は管理会計なんですね。先ほど申し上げた、決算書をつくるということは財務会計で。財務会計は客観性が伴うんですけれども、私どもがやってる毎月決算というのは、主観が入ったりします。要は、首長が経営判断を誤らないような情報を毎月上げていくという仕組みなんです。
 また、この情報を、毎月、住民に公開するんですけれども、公開することによって、住民の方々に仮想ではあるんですが、カウンター・ベイリングパワーを持ってもらって、それによって、私たちは緊張感を保つというような、職員に対するインセンティブを働かせることを狙っています。
 また、データを毎月精査することによって、日々の数値の差異も見逃さない体制になります。通常、自治体のマネジメントサイクルは1年ですから、決算をして、2か月以内に決算書をつくって、9月の議会で分析や反省点が議論されるとすれば、その時点では、1年半が経っているわけです。例えば、それが5年間の財政計画に基づくものだったとしたら、改善の機会は本当に少ないわけですよね。私的に言わせてもらえば「そんなのやる気あるの?」っていう感じなんですよ。
 矢巾町の水道の場合は、1か月やってこれはおかしいぞっていうことに気づけば、どうしておかしいのかって、そこで分析して、改善策を打てます。あと、水道なので季節や気候とかによって、すごく使用量が上下したりだとか、需要家の方々の使い方の変化っていうのを、長い目で見るとすごく経営に影響があるので、それは小さな差異も見逃さないというような形でマネジメントサイクルを回します。

稲継 マネジメントとしてはすごく大事なことですよね。
 民間企業でも、半期決算が四半期決算になり、さらには進んでいるところでは毎月決算やっているところも出てきていて、そういうところは経営判断を出来るだけ誤らないという傾向にあるようですので、やっぱり役所でも経営が求められているような公営企業の場合には、こういう毎月決算というものをこれからは全国の自治体でやり始めても良いかもしれませんね。

吉岡 そうですね。ただ大変なので...。

稲継 これは、大変でしょうね。

吉岡 決算もそうなんですが、予算も毎月予算なんですよ。
 予算差異を分析することによって、今、どんな状況なのかっていうのを見ていくんですよ。公認会計士の池田昭義先生に非常にお世話になっています。
 その先生がかねてからおっしゃっていることを、今、実現してやっているんですけれども、そういった部分では全国で唯一の取組ではありますが、サポートしていただける専門家にも恵まれているというのは、私たちとしては幸せなことなんだなと思っています。

稲継 なんでも、矢巾町の水道事業について、朝日新聞で取り上げられたと、お聞きしたのですが、その辺についてもちょっと聞かせていただけますか?

吉岡 そうなんです。今年の5月25日付けの朝日新聞「GLOBE」の中で、とりあげてもらっているんです。
 実は、取り上げられた矢巾町と隣の紫波町は、全く異なる方向で注目されています。紫波町DBOを実施しました。その一方、矢巾町は自分たちのマネジメント力を強化することで、水道事業を展開しようとしています。実は、矢巾町も紫波町も同じ岩手紫波地区水道事業協議会のメンバーで、同じ勉強をしているんだけれども、先ほどお話ししましたが、きちんと決算が出来るようになり、それを道具に経営を考えたとき、手法が違っていたわけです。それぞれの経営資源の分析が出来、自分たちの強みや弱みが分かれば、いろいろと考えることが出来ます。
 DBOをした紫波町と自分たちでマネジメント力を強化して、自分たちの優位性を発揮していこうとする矢巾町は、両極端で、かつ、最先端な事例が、隣同士にあるということになっています。

稲継 おもしろいですね。

吉岡 全国紙(朝日新聞「GLOBE」)の特集で、世界の話から、最後、官と民の役割というか模索ということで締めているんですけれども、矢巾町がたまたま対象となったところですね。
 今、水道事業って、転機と言われているんです。水道施設の耐用年数って40年ぐらいなんですが、高度経済成長期につくった施設の耐用年数が切れるのがちょうどこれからなんですよ。だから、これからどんどん更新する時期を迎えるわけなんですが、水道というのは、すべての需要を上回った施設をつくらなければなりません。人口って、今、下がり基調ですが、仮にほぼピークだったとすれば、今世紀の半ばには、人口が半減するという予測があるわけですから、将来、半分の人口で水道を支えなければなりません。そういう水道を、将来を見越して再構築しなければならないということは、きわめて責任が重いことです。
 だから、国がビジョンをつくれというのは、「自分たちを絶対評価しろ」と言っているんですよ。だけど、自治体が言うことをきかない。うちは国じゃないですけれども、周りを見ていると、同じ自治体職員としてジレンマを感じます。「どうして分かんないんだろう。」って。

稲継 私が、水道協会の人とお話をしていて聞いたのは、3つの危機っていうのがあると。
 一つは、今、おっしゃった水道施設の老朽化の改廃時期にあたっているんだけれども、財政危機でなかなか手が回らないということ。
 もう一つが、人材がちょうど団塊の世代がやめていって、その後継者がいないということ。
 そして、もう一つが、売上がどんどん減っていっているんですか?
 その3つの危機が今あるとお聞きしたんですが、それはそれで当たっているんですか?

吉岡 私もそのとおりだと思います。水道施設の更新は大変で、うちがなぜアセットマネジメントに取り組むことにしているかというと、全体像を見て、中長期的な視点からマネジメントをしていかないと、結局、目先のことだけにとらわれちゃって、ダメなので。逆に、うちは、大きなところから、この50年間にいくらお金がかかって、50年間だとあまりにも漠然としているので、15年の施設の修繕計画に落とし直して、さらに、それを5年に凝縮して具体的に取り組むことにしています。また、財務面では、目標に向けてマネジメントする仕組みなんです。
 計画策定の段階で、その計画自体がマネジメントサイクルを回すような仕組みを持っている必要があると思うんです。そうでなければ、絵に描いた餅になってしまいます。そういう仕組みを出せないというのは、自治体に内在する問題があると思うんですよね。「こんなひどい状態は、出せないだろう」とか。でも、それって嘘だと思うんですね。きちんとみんなに見せることによって本当に信頼される自治体になると思うんです。
 だから、矢巾町では、政策体系図を通して、住民の方から意見をもらったりするんですけれども、「政策体系の中で、私の意見はここだよ」って住民の方から言ってきますよね。そういう関係をマネジメントサイクルを回しながら健全に発展させていきたいですね。

稲継 それは良いですね。

吉岡 だから、ただ意見を言うだけじゃなくて、私の意見でどこが良くなっているのかなって見えるんですね。

稲継 それは、住民の方にとって、達成感がありますね。
 今日は、矢巾町の上下水道事業でいろいろな改革に取り組んでおられる吉岡さんにずっとお話を聴いてまいりました。全国の自治体の方も、こんなことをやっているのと驚かれるようなことが多くあったと思います。特に公営企業に従事しておられる職員の方には、目から鱗が落ちるような話も多かったと思います。
 最後に、吉岡さんの方から全国の市町村の職員の方に、何かメッセージのようなものがありましたらお願いしたいと思います。

吉岡 はい。私が仕事をしていて思うことなんですけれども、まず、自分が何のために仕事をしているのかなという目的を、改めて考えれば、自分たちの立ち位置は分かります。自分の立ち位置が分かり、目的がしっかりしていれば、現状とその差が課題となるわけです。その課題さえ分かれば、みんなどう変えていったら良いのか分かっているはずだと思うんですね。今、それを許さないような状況があるとするならば、それは職場全体で改善していかなければならないことでしょうし、たまたま、私どもみたいにそういうものが許される風土であるなら、さらにそういうことを展開しながら、最後、住民がどんなふうに幸せな空間で生活出来るかっていうことを頭に入れながら、自治体職員として政策を展開していけたら良いんじゃないかなと私は思っています。
 私は、『変えていくこと』『変わること』『変わらないこと』っていうこの3つを常に思っているんですけれども、変えていくためには、まず、自分自身が変わらなければならないし、ただ、そこには、絶対変えてはいけない自分たちの誇りっていうのもあると思うんですよね。そういうのをきちんと大切にしながら、やっていきたいなと思っております。

稲継 今日は矢巾町上下水道課の吉岡さんにお話をお伺いしました。
 どうもありがとうございました。

吉岡 ありがとうございました。


 まだ30代の吉岡さん。事務職員として水道事業と偶然かかわることになるが、その後、それを天職と考え、さまざまなアイデアを具体化していっている。水道事業経営でのさまざまな改革を全国に先駆けて行っている。国の省庁からも注目されているさまざまな取組によって、吉岡さんは、他の大きな自治体の役職者や学者に混じって、国等の研究会の委員も勤めている。事務職員でありながら、水道事業・水道経営のプロフェッショナル、プロ人材ということが出来るだろう。分権時代の自治体職員には、このような人材も強く求められていると思う。