メールマガジン

第50回2009.05.27

インタビュー:宇部市総務部防災危機管理課 防災危機管理係長  弘中 秀治さん(下)

 気象予報士・弘中さんは、自主防災組織の広めていくことを応援することを続けた。その結果、1%を切っていた組織率は一挙に95%にまで拡大していく。
 だが、弘中さんの取組みはそれだけにはとどまらない。さまざまなことにチャレンジしていくこととなる。


自主防災組織の抱える課題:地域差と地域人材の育成

稲継 行政がつかず離れずの形で自主防災組織を応援するというスタンスでおられるわけですけれども、弘中さんから見て自主防災組織が今、抱えている課題のようなものがあれば、少し教えていただきたいのですが。

画像:弘中 秀治さん
弘中 秀治さん

弘中 地域性によって、高潮の被害をうけたところと受けてなかったところとで温度差がかなりあります。
 それから、最初からできたところでいいますと会長さんが3代替わっておられますけれども、代替わりをしていくなかで、会長さんの意識とかポテンシャルによっても、ぐっと盛り上がるところもあれば、ちょっと低調になることもありますね。
 それは、紆余曲折があるんですけれども、そういったなかで、実際に、班長クラスでもっと勉強したいんだとか、もっと研修みたいなことをしたいんだとか、やる気のある方もたくさんいらっしゃって、これまでは、一校区ずつサポートさせていただいていたので、それができていたんですけれども、これが、いろんなところから一度にいただくようになって、私ども市とNPOだけでは、なかなか回らなくなってきているのも事実で、活動リーダーだとか活動を推進していくような人の「人づくり」というのを、これからしっかりしていかないといけないなという風に考えております。

稲継 いわゆる地域の活動をしてくれる地域人材の育成ということなんですね。地域リーダーをどうやって育成というところですね。

弘中 これが次年度(平成21(2009)年度)にむけて、今、準備しているところですけれども。
 今までは、結成の方、カタチをつくる部分といいますか、これに力をいれてきたのですが、来年度(平成21年度)からは、人づくり、中味ですね、そちらに重点をシフトしていこうということで考えております。
 これには、当然、伏線があって、そういった声を聞くというのもひとつありますし、実は、できたところとできてないところを集めまして、自主防災会の懇話会というのをやりまして、まずは、いろんな意見をお聞きする。それから、アンケートもとりまして、地域でなにが一番課題になっているのかというのをお尋ねしたところ、実は、私どもとしては、お金なのかなとちょっと思っていたんですけれどもアンケート結果を見ますと、お金よりは、人、人材の方が要望が高かったんです。そういった結果も受けまして、人づくりというのをしっかりやっていこうということで、今、準備しております。

全国初の双方向防災メーリングリストの取組み

稲継 同じころでしょうか、平成12(2000)年ころに宇部市の「防災メール」というのをつくりはじめられたとお聞きしたのですが、これは、どういうものかちょっと教えてもらえますでしょうか。

弘中 はい、平成11年の18号台風で大きな被害を受けまして、情報の出し方、あるいは、市から市民に対していかに情報を出していくかということは、やはり大きな課題になってまして、当時は、携帯電話が普及している途中でしたけれども、そういった携帯メールというものも活用できるなと。個人の方がだいたい常に持ってらっしゃる。個々人に直接つたえることができるということ、そういったことにも着目しまして、携帯メールサービスを、当時メーリングリストという形で、双方向のものとしては、全国初で始めました。

稲継 これには、どういう情報を流すわけですか。

画像:宇部市役所
宇部市役所

弘中 当初はですね、私どもは、市からの情報というのは当然のこととして、住民からの共有するような情報を流していただければいいなということで、双方向で始めたのです。
 たとえば、11年の18号災害のことでいいますと、たくさんの水没、浸水家屋があって、水没車両もたくさんでました。そういったなかで、水が引いた後に、完全にエンジンルームを乾かしてからでないと、エンジンのスタートキーを回したら、エンジンがこわれてしまいますよというような情報がでたんですけれども、それを市から出すとしたら、それは、ガソリンエンジンとディーゼルエンジンとどちらのケースでもそういう状態なのかだとか、いろんな裏をとらなければいけなかったり、いろんなことがありますので、確認作業とかあるんですが、災害の対応でそれどころじゃないときに、そういうこまかなところまで、当然手がまわらないなかで、住民同士で教えあうような仕組みができたらいいんじゃないか。
 それで、実は、市役所にかかってきた電話というのは、当時、災害対応票という紙の記録に書き留めているものだけで、933件ありまして、ほとんどは、倒木でした。倒木っていっても、「道路に木が倒れて通れないので、危ないので」という話から、「自分の家の庭の木が倒れた、それで、市にいったら何とかしてくれるんじゃないか」ということでかけてこられる方まで含めて、いろんなことがあって、それ以外に簡単な情報で記録にとっていないものといえば、例えば、避難所どこですかだとか、家が浸かってしまったので避難所へいきたいんですけれども、どこですか、みたいなこんなものは、記録にとりませんけれども、こういったものもたくさんあったんですね。そうすると、そういうのは別に市が答えなくても知っている人が答えてくれればいい話ですよね。

稲継 そうですね。

弘中 そういう教え合うというんですかね、そういうことができる場があればいいなと。そうすると、市の対応も、電話が鳴りっぱなしだったんですが、受話器を置いた途端に鳴るといった、朝から晩までずっとそういう状態だったんですが、そういうことが少しでも軽減されるかなということではじめました。
 それで、はじめてみて分かったのはほとんどの方は発言されなくて、やはり市から情報をもらえるツール、道具だという風に割り切って使ってらっしゃる。そういったことが、その後、いろんな試行錯誤、運用をしていくなかで分かりましたので、最終的には、現在の運用の形は、'うべメールサービス'という形で、市役所から登録していただいた方の携帯メール、もちろんパソコンもいいんですが、電子メールに情報を出しますよと。
 それで、返信される方も結構いらっしゃるんですけれども、これについては、市の防災危機管理課の方で、内容をきちんとチェックして、個別に対応させていただいております。個別に、情報を返す場合もありますし、全体にお知らせする場合もあります。これは、一つひとつ丁寧に対応させていただいている。ただし、災害で混乱したときには、個別に対応できないこともありますよということをお知らせはしておりますけれども。

稲継 たとえば、これは、警報が入ったりだとか、注意報が入るとそのメーリングリストに流すわけですよね。具体的に作業は誰がやっておられるんでしょうか。

弘中 当初は、平成12年から平成19年の途中までは、私がずっと中心的に...。

稲継 弘中さんがやっておられた。でも警報とか、注意報って、何曜日に起こるかだとか、何時に起こるかだとかぜんぜんわからないですよね。

弘中 まあ、注意報、警報の場合は、ある程度は、今晩出るかなとか、あたりはつけられますけれども、地震だとか津波だとかは、いつかわかりませんので、これは、当然、そのときに起きて、対応と...。

稲継 じゃあ、365日24時間ずっと弘中さんがどっかで、パソコンを持ち歩いているという状態なわけですね。

弘中 もちろん、私のところに情報が入ってくるような形になるんですけれども、メールでも入ってくるんですが、消防の通信指令-119のところなんですけれども-こちらからも、音声でフォローアップですね、もちろん見逃すとか寝ていて気づかないこともあるので、音声で私のほうに連絡するようになっている。
 それから、市役所の宿直のほうにも、事件とか事故とかあったときには、まずは私のところに入ってくることになっていますので、報道に出ていないことも含めて、基本的には、私のところに、年中かかってはきていますけれども。

稲継 それじゃ、ずっと働いている状態ですよね。365日24時間、残業手当ももらわずに。

弘中 まあ、そうですね。勤務は10、15分だとかですが、そんな形ですね。

稲継 そりゃ、大変なお仕事をされてきましたね。

弘中 まあ、大変といえば大変ですけれども、まあ、そんなもんだと思えば、別に苦にはなりません。市民のために誰かがやらねばならないことですから。

稲継 今は、それでも、割と自動化されたということですか。

弘中 そうですね。19年の途中から、予算がつきましたので、コンピュータの自動配信ということで、注意報、警報、地震、津波については、自動的に配信できるようになっています。
 ただ、同様に、いろんな質問だとか返信だとかありますので、これについては、私どものほうで、個別に対応させていただいていますし、いろいろ数字についてもですね、一言、「宇部の状況こうこうでしたよ」だとかいったことをできるだけ、噛み砕いてお知らせするようには気をつけてはいますけれども。

市役所内外での活動、ネットワーク

稲継 このメーリングリスト、それから自主防災組織の育成等も含めて、10年以上にわたって、この危機管理、防災の仕事をやってこられたわけです。そして気象予報士の資格もとられて、そして、聞くところによると気象予報士会の理事もされているとか。

弘中 はい、日本気象予報士会の理事をやっています。また、日本気象学会九州地区の理事もやっています。

稲継 そうなんですか。そういう、いろんないわば学者の世界でいうと専門分野をかなり極めている感じがするんですが、もともとは、防災管理官として入庁されたわけじゃなくて、先ほども教育委員会で体協とか体指の関係をやっておられたということですから、もともとは普通の事務職として入られたわけですよね。

弘中 はい、そうです。

稲継 今はもう、半ばスペシャリストとして宇部市の防災には弘中さんがなくてはならない存在になってしまっているわけなんですが、自分自身のキャリアプランというんですかね、イメージとしては、このままスペシャリストとして極めていきたいと思っておられるんですか。それとも、ほかの職場に移っていきたいと、ほかの仕事も経験されたいと思っておられるのか。どんな感じなんでしょうかね。

弘中 私自身の個人的な感想からいうと、私自身は、今の仕事は、性格的には合っているなと思っています。キャリアということで考えて、このままいくのがいいのか、どうなのかというのは、 私自身、正直、分かりませんし、そういう意欲的なものは正直ないですね。
 どの仕事でも一生懸命やる気持ちでいますので。どこにいても自然相手のことですし、市民の安全にかかわることですから、サポートはさせていただきたいなと思いますけれども。

稲継 この防災危機管理課に居られた期間の間に得られたもの、もちろん資格だとかいろいろと得られておられますが、どういうものが得られたとお感じでしょうか。

弘中 そうですね、一番大きかったのは、気象予報士資格を取って、もちろん内外ともに、私に対する目とか、私の発言に対する評価とか、そういったものは、ガラッと変わったということは確かにありますね。
 それは、まあ、表面的な話なんですが、私自身にとって変わったなと思うのは、そういったことを通じて、資格を取って気象予報士会という会に入って、九州地区の西部支部という支部の世話人もずっとやっているんですけれども、こういった全国のいろんな気象予報士の方と人のネットワークができた。
 ほかにも、この仕事を通じて災害ボランティアにもかかわるようになって、全国のいろいろな方とのネットワークができて、もちろん行政上のネットワークもあるわけなんですが、それぞれのチャンネルでたくさんの人のネットワーク、財産ができた、これが非常にありがたくもあり、大きかったなと。やはりこれは、今後も大切にしていかないといけないなという風に思っております。

稲継 なるほど。このメールマガジンをお読みに方には、全国のいろんな仕事をしておられる地方自治体の職員の方がたくさんおられます。一自治体の職員の弘中さんとして、全国の皆さんに何か発信される言葉がありましたら、お願いできたらなと思いますが。

弘中 防災に限っていいますと、やっぱり自分たちの地域の歴史を知る。それから災害の歴史もそうですね。当時何ミリぐらいの大雨が降ってどういったことが起きたとか、震度いくつの地震があって、こんなことがあったとか。
 もちろん、昔の社会状況と今の社会状況は違いますから、そのとおりではないですが、ただ、現象としておこったことは、科学の数字として残っているわけですよね。まあ、残っている場合と残っていない場合とあるかもしれませんが。
 そういったことは、繰り返したり、あるいは、今、地球環境が変わっているといわれているなかで、記録を超えるということは、何か常に意識しておかないといけませんので。そういったときのイメージ、たとえば、自分たちの地域で2日間で500ミリの大雨が降って、昔、こんなことがあった、それで、たとえばさっきの府県情報でもそうでけれども自分たちの地域で総雨量でこれぐらいの何百ミリの大雨が降るおそれがあるんですよといったときに、200とか300とか400とか500とかいわれても、まあ、500で数が多いねというイメージは誰でも持てるけれども、それが過去と比較してどうなのかということを持っているのと持っていないのとでは、まったく違うことになります。
 例えば、山口県東部でいうと、昭和26(1951)年のルース台風のときに二日間で288ミリ降りました。平成17年の14号のときに414ミリ降りました。その288という数字が頭に入っていて400ミリ降るおそれがありますよと聞いたときに、それだけの危険度の度合いが、意味合いが全く違ってくる。それで、住民に伝えるときに、噛み砕いて伝えてあげるとしたら、「400ミリの雨が降るおそれがありますよ」といっても誰もたぶん分からなくて、「ルース台風以上の大雨が降るといってますよ」といってあげたら、昔ながらの人にとっては、「えぇー」と思いますよね。そういう、地域に分かる言葉、地域に噛み砕いてあげるということは、自治体職員として、特に防災担当としては必要だろうなと。
 やっぱり、風水害にしても、地震にしても何にしても、自分たちの地域の歴史をよく知っておくと、頭にいれておくということが、役に立つと。比較して伝えてあげると。そういう意識をもって、取り組んでいただけると本当に住民のために、市民のためになるのかなと思いますけれども。

稲継 今日は、宇部市の防災危機管理課の弘中さんにお話をお聞きしました。どうもありがとうございました。

弘中 ありがとうございました。


 防災のエキスパートとして活躍しておられる弘中さんであるが、常に住民の視点を忘れていないことに読者は気づかれたことと思う。専門用語(ジャーゴン)を駆使して住民を煙に巻くというようなことは決して行わず、専門知識を有することを利用して、いかに住民にわかりやすい説明をするか、いかに住民に説明責任を果たすかということに尽力している様子がわかる。
 住民目線で専門知識を活用するー分権時代の自治体職員の目指すべき姿であろう。