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第31回2007.10.24

インタビュー:静岡県富士市総務部人事課研修担当 久保 博司 さん

 富士市の研修満足度評価システムを活用したアンケートの結果、採用4、8、12年目に行っていた一般職員向けの研修の満足度が低いことが分かった。この結果をもとに、久保さんは、次に「なぜ低いのか」について、いくつかの仮説を立てて分析している。「能力開発ニーズと研修科目が一致していないから」、「仕事が忙しく、時間の余裕がないから」、「『やらされ感』があるから」などである。
 研修の組み立ての基本である「分析」(Analysis)というところで仮説を立てて考えるという点は、多くの研修所で学ぶべきところだろう。


稲継 この仮説を立てて、この次は、じゃどうしなければならないか、というステップに行くわけですよね。その他にこの満足度分析をされて顕著に結果が出たということはありますでしょうか。

久保 図2は試行的に導入していた選択型研修と非選択型研修の研修満足度調査の結果ですが、両者の間には極めて大きな差があることが分かりました。

図2選択-非選択による研修満足度の比較
図2選択-非選択による研修満足度の比較

稲継 これは大きな差ですね。

久保 いくつかの仮説の中から、私どもは、「管理監督者層の能力開発ニーズが比較的同質なのに対し、若年層職員の能力開発ニーズは多様であるにもかかわらず、画一的な研修を実施してきたこと」、「自分で科目を選択して受講することにより研修に対する目的意識が高まり、積極的な姿勢で受講したこと」がその要因ではないかと考えました。
 人々の価値観が多様化している今日、職員研修においても、従来の画一的な研修ではなく、職員一人ひとりの能力開発ニーズに見合った多様な能力開発機会の提供が望まれているのではないかという考えのもとで、昨年度から一般職員研修で科目や時期を選択して受講する選択制研修(名称:チョイス・スタディ研修)を導入しました。

稲継  従来より試行的に行っていた選択型研修をこの調査結果を踏まえてより拡大していこうとされたわけですね。このチョイス・スタディ研修はどのような特徴があるのでしょうか。

久保 チョイス・スタディ研修の特徴としては、対象者の範囲が採用2年目から34歳までと広いこと、派遣研修、通信教育講座の受講なども対象であるなど対象とする研修の範囲が広いこと、庁内LANを利用して受講申込みや受講履歴の照会などが簡単にできること、制度導入に職員研修委員会を活用したこと、制度の名称を職員の投票によって決めたことなどが挙げられます。

稲継  これを導入されて職員からはどういう反応がありましたか。

久保 導入初年度に行ったアンケート調査では、以前の研修制度より良いと思うと回答した人が38.7%で、そうではないと回答した人の14.9%を大きく上回っています。
 ただし、アンケート調査には自由意見としてこの制度に批判的な意見が書かれていますが、その中で大きなウエイトを占めているものは「いつ、何を受けるのか決めてくれた方が楽だし、職場にも気を遣わなくて良い」というもので、職場風土の改革も併せて行っていかなければならないと思っています。

稲継 今までは強制的にこの人たちは来てくださいよということから、今度はこんな面白いものがあるから来てよというようなものですよね。何か募集告知に工夫されてるんでしょうか。

久保 従来は研修を提供する側の視点で書かれた研修目的を示していましたが、その研修を受けるとどうなるのかという研修生側のメリットを記載するようにしました。
 例えば、交渉調整能力向上研修では、「住民ニーズの多様化・高度化に対応するために、今まで以上に高度な交渉・調整が要求されている。この研修では、ゲーム形式の実習を繰り返すことによって、より実践的な交渉調整能力の向上を図る。」と記載していたのを、「協調的な関係を築くための考え方や手法について学ぶことができます。/交渉に必要なコミュニケーションの手法が身につきます。」というふうに変えました。

稲継 なるほど。受ける側にとっては自分にはこういうメリットがあるからこれを受けようという気持ちにさせてくれるような表現ですよね。非常に面白い取り組みだと思います。
 先程、メンター制度の話が出てきたんですけど、これについて、どのようなものなのか教えてもらえませんでしょうか。

久保 平成16年度に実施した自主研修に関する意識実態調査では職員が知識や能力を身につける上で役立ったこととして「先輩・同僚の指導・助言」は43.5%で第2位で、「上司の指導・助言」は23.2%で第5位でした。

稲継 つまり、上司の指導・助言よりも先輩・同僚の指導・助言の方が2倍ほど役立っているというふうに感じているわけですね。

久保博司氏写真
久保博司氏

久保 この結果は、実感としては当り前という気がしますが、従来の人材育成施策のなかで重視されていたのは、先輩・同僚の助言ではなく、上司から部下に対して行われるOJTでした。このため、一部の先進的な自治体を除くと、管理職になるとOJT研修をやるというようなアプローチが一般的であったと思います。私どもも主幹昇任者を対象にOJT研修を実施しています。逆に言えば、人材育成上効果があると多くの職員が思っている「先輩・同僚職員の指導・助言」機能を高めるための組織的な取り組みはあまりなされていないのではないでしょうか。

稲継  そうですね。大部分の自治体ではこの先輩・同僚職員の指導・助言機能を高める研修なんてあまり聞いたこともないですよね。

久保 もう一点申し上げたいのが、行政評価システムやISOなどのマネジメントブームの中で、勿論一つひとつのツールが悪いというわけではありませんが、中間管理職の仕事量が飛躍的に増えてしまっていて、新規採用職員のケアまでなかなか手が回りにくくなっているという状況があります。また、そもそも仕事の進め方が大きく変わってしまっていて、仕事を教えたくとも教えられないということも指摘できると思います。
 従来は、業務に必要な知識というのは、職場での経験に比例して個人に蓄積されていました。この「経験」への信頼があったからこそ、上司から部下に対して行われる指導が機能していたのではないかと思います。しかし、この10年くらいの間に、パソコンは1人1台になって、文書の一部はメールになったり、財務会計システムや文書管理システムが導入されたり、情報管理部門に頼まないとできなかったデータ管理や帳票の印刷がそれぞれの職場で簡単にできるようになったりと仕事の進め方はずいぶん変わってしまいました。また、これからは協働が重要だと言っても、今日言われているようなさまざまな手法、例えば、パブリック・インボルブメントや広範な市民が参画する市民委員会、ワークショップなどの運営、ファシリテートの仕方というのは、ほとんどの管理職が一度も経験していない仕事だろうと思います。

稲継 そうですね。昔と違って積み上げていった仕事以外に一度も管理職が経験していない仕事もたくさん増えているわけですよね。

久保 昔ながらの、堅実に、経験に基づいてやらなければならない仕事というものもまだたくさんあると思いますが、上司から部下に対して行われる直線的な指導だけに、現場における組織的な人材育成を委ね続けてよいのかという疑問があります。
 新規採用職員が入ってくると、その職場の先輩というのは、いろいろ思い悩み、試行錯誤を重ねながら育成しています。自分の方法は正しいのか、人によっては上司に相談したり、本を読んだりしながら育成しています。であるなら、支援の仕方を学ぶ場を作ったり、今まで他の人たちに気兼ねをして新規採用職員の育成をためらっていた人たちに権限を持ってもらおうということから、メンター制度を導入することにしました。
 本市のメンター制度は、上司が作成したOJT計画書に基づいて支援することにしていますし、新規採用職員の行動評価も盛り込むなどOJTの補完的な役割が強いので、今日行われているキャリア開発を主眼においたメンター制度とは少し違っています。また、先程も申し上げましたけれど、メンタリング期間中には新規採用職員の行動を評価するシートを作成したり、事例研究の場も設けるなど、1年を通じて活動を続けられるようさまざまな仕掛けを用意して、現場と集合研修の距離をできるだけ近くするよう気を遣っています。
 メンター制度は、新規採用職員の育成にとどまらず、メンター自身にとっても、知識や技能を新規採用職員に教えることで仕事への理解が深まるとともに、コミュニケーションの仕方について学ぶ機会にもなり、相互啓発的な組織風土を構築するための有効な手法ではないかと考えています。

稲継 そのようなメンター制度を維持、管理そして、発展させるためにメンター養成研修を導入しておられますが、これはどのような研修でしょうか。

久保 4月に所属長にメンターを選任してもらい、5月に2日間の集合研修を実施しています。内容としては、コーチングやメンタリングの知識や技術の習得を中心に、ロールプレイを重視したプログラムになっています。また、10月には事例研究を実施します。

稲継 コーチング研修というのは今非常に注目されているわけですけれど、それを管理・監督職ではなくて、比較的若手のメンターになる人たちにしているというところが特徴的なところですよね。

久保 管理・監督職が、新規採用職員の日常的な能力開発を行いにくくなっているという状況があるので、管理・監督職と新規採用職員をつなぐ中堅職員のコーチング機能やメンタリング機能を高めることが重要ではないかと考えています。

稲継 富士市さんでは、人材育成に取り組むやり方として、他にもいろいろ面白い仕掛けを用意しておられるようなんですけれど、1、2紹介いただけたらと思います。

久保 全庁的な業務改善運動である「ChaChaCha運動」に平成16年度から取り組んでいます。このChaChaCha運動のネーミングの由来は、「Chance」、「Challenge」、「Change」の3つの単語の頭文字をとったもので、運動のコンセプトは、『あらゆる機会を生かして、とことん挑戦し、変わっていこう!』です。ネーミングやキャラクターについても、やはり庁内公募を行いました。 業務改善運動については、現場を人材育成の場として機能させる大きな効果があると思います。

画像:インタビュー風景写真

稲継 この「ChaChaCha運動」というのは、言ってみれば、職場研修と事務事業評価を組み合わせたようなものだと考えればいいんでしょうか。

久保 おっしゃるとおりです。従来から実務能力の向上や職場風土の改善を目指して職場研修を実施していましたが、事務事業評価が導入されたことに伴って、事務事業を改善するツールとして従来の職場研修と結びつけた形で運動を展開しています。

稲継 他にどのような取り組みがあるでしょうか。

久保 イノベーティブな組織風土を構築するために、今年度から「市政キーパーソン養成ゼミナール」を導入します。
 相互啓発的で挑戦的な職場風土を構築するためには、管理者はもとより職場に大きな影響力を持つ中堅職員の役割が重要であるので、このプログラムを通じて組織に新しい価値を創造できる人材を育成したいと考えております。
 対象者は主査という主幹昇任前の職員で、15人程度の小規模なものを予定しています。内容としては、協働の先進事例の紹介やコーチング・スキルなどです。
 イノベーティブな組織風土を構築するためには、職階に基づかないボランタリーな「学習リーダー」の存在が欠かせません。このプログラムは、そうしたリーダーを生み出すための手法としてはまだまだ稚拙だとは思いますが、少しずつ改善しながら、ソーシャル・アントルプルナーを生み出したいと考えています。

稲継 今までお聴きしてきた中で、久保さんが平成14年に人事課研修担当に異動になられてから次々と新しい取り組みに取り組んでおられます。新しいことをしようとすると色々な苦労があると思うんですけど、苦労談のようなものをお聴かせ願えたらと思います。

久保 正直に申し上げますと、仕事の中であまり苦労したという経験がありません。

稲継 そうなんですか。

久保 組織的にも新しいことを受け入れてくれるような風土があるように感じていますし、個人的にも本当に人が育つためにはどうしたらよいかと思い巡らすことも楽しく、それを実現するためのさまざまな仕組みを作ることにもやりがいを感じています。

稲継 非常にいきいきと働いていらっしゃるというイメージが読者の皆さんにも伝わったんじゃないかと思いますが、こういうふうに走り続けておられる久保さんですから、将来のことをいろいろ見据えて、今何か課題とかたぶん考えておられると思います。今後の課題等について、お聴かせ願えたらと思います。

久保 人材育成基本方針のなかで掲げた、研修制度改革に関する9つの方策のうち、まだ実施できていないものとして、管理監督者のマネジメント能力の強化、民間企業との合同研修・派遣研修、職員図書コーナーの整備の3つが残っています。
 管理監督者のマネジメント能力の強化については、昨年度まで1回しか行われていなかった課長研修を、ベーシック・コースとマネジメント・コースの2コースにして、両方とも受講してもらうことにしました。しかし、それだけでは十分ではないので、職員研修委員会で、管理職の能力開発をいかに行っていくのかということを現在検討しています。リーダーシップや部下育成などだけではなく、管理職に必要な能力の中核であるコンセプチュアル・スキルの育成方法についても考えなければならないと思っています。管理職の能力開発の要諦は、人事・給与制度の改革にあるかもしれませんが、まず職員研修サイドからどのようなアプローチができるか探っていきたいと思います。
 職員図書コーナーの整備については、現在実現に向けて作業を進めています。また、民間企業との合同研修・派遣研修については、できるだけ早い時期に実施できたらと考えています。
 その他の課題としては、業務改善運動やメンター制度などのほかにも、現場と集合研修の距離を縮めた研修プログラムを開発することが挙げられます。また、満足度調査から外部講師と内部講師の満足度に大きな差があることが分かっているので、内部講師のスキルの向上を図っていきたいと考えています。
 民間企業でも地位や給与に基づく組織運営の限界が指摘されているなかで、これからの自治体職員には、組織目標にコミットメントし、働き甲斐を感じながら職務を遂行することが必要であるように感じています。人材育成部門としては、職員が自らの能力の拡充を実感し、充実感をもって仕事ができるような総合的な職場環境を構築することが重要だと思います。
 自治体組織に新しい価値を創造できる人材の育成に寄与できたとしたら、これほどの喜びはないだろうと思っています。

稲継 どうもありがとうございました。長時間にわたって職員研修、人材育成に対する思いというものを聴かせていただきました。これからも富士市の人材育成のためにご活躍いただきたいと思います。今日はどうもありがとうございました。

久保 こちらこそ、ありがとうございました。


 先月号から2号にわたって、研修担当の久保さんへのインタビューを紹介してきた。本メルマガの読者の中には研修担当者も多くおられる。そしてその一人一人の方が、前例踏襲の「とりあえず前年通りの研修を数だけ満たして満足」ということには反発を覚え、さまざまの改善の工夫をしておられる。富士市の取り組みが何らかのヒントになれば幸いである。
 また、うちではこういう特徴ある取り組みをやっているよ、ということがあれば、ぜひ、JIAMまでお知らせいただきたい。
 職員研修において、研修担当者の能力は極めて重要な要素である。研修担当者の方々がそれぞれ、「考え、調査し、行動する」研修担当者であられることを祈りたい。